20歳と38度線

朝鮮半島に関心のある大学生の日常。

『アオイガーデン』著 ピョン・ヘヨン 訳 きむ・ふな

『アオイガーデン』著 ピョン・ヘヨン 訳 きむ・ふな

 

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読んで「?」が浮かんだ久しぶりの本。

 

 

8編の短編小説からなる本で、

 

表紙が灰色からわかるように、物語のいろいろなことがはっきりしません。

 

それ知らずに読むと、最初イライラします。

 

 

語り手が幼児(?)だったり、死者だったり、知らぬ間に入れ替わってたり、死んでたりしていて、

 

 

辻褄が合わないところがたくさん出て来ます。

 

 

ピョン・ヘヨンさんの本は初めましてだったので、

 

どういう人なのか分からず、最初はわたしも正座して読んでました。

 

「あ、どうも、今日は風が強いですね」

 

なんて言いながらよそよそしく読み始めたんですが、

 

ずっとどこか腐ってたり、ウジが湧いてたり、

 

かぶってたり、血を出していたり、気持ち悪いので、数ページ読んだところで、

 

「いやこいつなんなん」

 

と訳が分からず、ムカつきました。(私は流血の類が現実世界でも苦手です)

 

 

でも、途中から

 

「あー、そっち系なんですか?」

 

と気がつき、そこからは姿勢を変えて、

 

 

ツッコミに徹しました。

 

 

「なんでやねん」ゲロゲロ

 

「死んどんのかーい」ゲロゲロ

 

「はっ、さっきと言ってることちゃうやんけー」ゲロゲロ

 

 

 

前半あんなに読むのが嫌だったのに、後半はニヤニヤが止まらなかったです。

 

でも、ずっと語り手(地の文)を「お前誰」って疑いながら読まなければいけなくて、

 

終始不安でした。

 

語り手を一切信用できない小説って、基本的に気が休めない。

 

それに、目の前で起きているの事を、全て疑い続けるのは精神的に疲れました。

 

 

 

ま、これは、フィクションだからいいんだけれども。

 

 

そう思いながら、訳者のあとがきを読んだあとは、背筋が凍りました。

 

凍ったというか、思い出してしまった。というほうが近い。

 

 

表紙をめくったところに、綺麗なお顔と一緒に紹介されているこのピョン・ヘヨンさん、

 

実際の事件を元に小説を書くことが多いらしいです。

 

訳者の話では、 記憶の片隅にあった遠い韓国のマーズの話とか、私の地元では季節の風物詩と化した鳥インフルエンザの大量殺処分とか、そういう女子大生にはピンとこない話が出て来たんですが、

 

 

最近、ツイッターの友達に9人殺された話とか、

 

 

そういえば、同級生の消息ってまだ全員つくんだろうかとか、不思議と考えてしまい、

 

 

気持ち悪いフィクションなんて、ぽいって捨てればいいんだけれども、

 

 

知らない誰かの日常なんて、ぽいって忘れればいいんだけれども、

 

 

 「お前だれ」って思いながら読んだ話が、「私」の話に擦り変わることも、あるんだよなという、新たなサスペンスに気づきました。

 

 

 

 

人って、言葉を発する時、結構嘘つきます。

 

 

でも、いちいち疑いながら生きていけないから、

 

私たちは単純に楽に生きています。

 

それってつまり、言葉は嘘をつける事を知っているのに、

 

人は、嘘ついてないって事を前提に生きてるんですよね。

 

 逆に、嘘を信じずに生きていく事なんてほとんど無理に近いわけで、

 

そう気付いた時、

 

私たちって、小説のように、実際は嘘に頼って生きているんだとハッとしました。

 

 本当のことがよく分からない、とても危うい日常を生きているんだなということを、再認識しました。

 

この小説に腐敗や、流血が多かったりするのは逆に、

 

物質的な人間の現象として確固たるものだからなのかな。とも思いました。

 

 

 韓国文学読書感想文コンテストで応募がてら読んでみようと買った本なので、

http://www.k-bungaku.com/news/20170908/

 

他の本についてもおいおい紹介していこうと思います。