20歳と38度線

朝鮮半島に関心のある大学生の日常。

母の一万円

留学直前の夏休み、4日ほど韓国人の彼氏を連れて田舎に帰っていました。

 

母は根っからの外国人嫌いで、

 

欧米以外は基本下に見ています。

 

もちろん、もちろん韓国留学には反対でした。

 

 

妹たちのK-POP啓蒙活動のお陰で

 

韓国への嫌悪を直接は表現しなくなったものの

 

根底にはまだ残っている様子でした。

 

 

その証拠に、数週間前にいきなり

 

「やっぱり彼氏はうちに泊めたくない」

 

と言い出し、父からの説得にも

 

「けじめつけないと」「分かるでしょ?」と反論。

 

 

結局、彼と私は町の旅館に泊まることになりました。

 

 

母に拒否されて以来、彼氏は落ち込んでしまい、

 

初めましての空港も言葉少な。

 

初めて家族全員が揃う夕食の席では、

 

対角線上に座る母のツンとした態度に彼氏の緊張は緩まないままでした。

 

 

なんとか母との接点を作らなければ!と

 

妹たちのアシストで、花火作戦を実行。

 

 

母の大好きな国産花火で

 

妹弟と彼氏が仲良いことを母にアピール。

 

どさくさに紛れて彼氏も母に話しかけに行き、

 

やっと警戒心を解いてくれました。

 

 

 

そこがターニングポイントになったのか、

 

 

次の日、祖父に会った時は、

 

彼氏をいきなり

 

「孫の将来の結婚相手ですよ」

 

と紹介し、みんなを困惑させてくれました。

 

 

彼氏が帰る時は家族総出で空港まで送りに行き、

 

遠慮する彼を横目に、お土産屋で大量にお菓子を買ってあげてました。

 

 

私が「彼、いい子でしょ〜〜」というと

 

そっけなく「そうね」と返すだけなのに、

 

 

 

私が東京に帰った後、父に

 

「いい子だったね!」

 

と目を輝かせて言ってたそうです。

 

 

 

 

何はともあれ、本当に良かった。

 

 

 

 

年々少なくなっていた私と母の会話も

 

 

彼のおかげでかなり増え、

 

 

帰省中一度も喧嘩をしなかったのは奇跡と言ってもよいでしょう。

 

 

 

 

私の最終日のこと。

 

 

いつも父からもらっていたお小遣いをもらい損ね、

 

 

今回喧嘩してないにしても母にねだるのはちょっとな……

 

 

と、お小遣いは諦めて空港の保安検査場の列に並びました。

 

 

「あ!」と

 

送りに来ていた母が何かを思い出し、一旦どこかに消え、

 

しばらくしてまた戻ってきました。

 

 

銀行の封筒を

 

 

「少ないけど」

 

 

と私に押し付けてきました。

 

 

狐につままれたような気持ちのままゲートをくぐり、

 

東京に帰ってから、封筒を開けると、

 

 

中には一万円札が1枚。

 

 

 

ははははは……

 

 

 

これなら自分で1日バイトした方がたくさんもらえるよと、誰にも届かない冗談を1人でつぶやき、

 

 

 

時給750円の田舎のパートで私の学費を稼いでくれている母を思うと、涙が止まりませんでした。

 

 

太陽柄の地銀の封筒に入った、なんの変哲もない偉人の肖像画は、

 

母の愛とエールが詰まった手紙になりました。

 

 

 

 

 

 

 

地元から出たことのない母を日本に置いて、私は今日、ソウルに旅立ちます。

 

 

 

随分と、遠くまで来てしまったと、田舎の母に会うたびに思います。

 

最近は話も通じなくなってしまったと、諦めていた部分もありました。

 

 

どうやら私の勘違いだったみたいです。

 

 

 

彼女をいつか迎えに行けるように、もう少しだけ、前を向いていようと、

 

 

東京の保安検査場の列に並んで思うのです。