20歳と38度線

K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島について書いています。

私が韓国陸軍にブチ切れた話

私が韓国陸軍に乗り込もうかと考えたのは、彼が軍隊に入隊してまだ1ヶ月も経たない頃でした。

彼が入隊してからというもの、訓練所から電話が来たのはたった一回きりで、それ以降本当に音沙汰がなかったのです。元気にしているのか、風邪は引いていないのか以前に生きているのかさえ疑ってしまうほど、本当に何もなかったのです。

なぜ、手紙が来ないのか。なぜ、電話ができないのか。彼氏が手紙を書いていないわけがない。電話くらいはいいではないか?親であっても会えないのに?なぜ、なぜだ。厳しい生活の中で彼らは訓練に耐えているんだ。郵便システムに問題があるのか?2週間かかる郵便システムとは?訓練兵の待遇をもう少し良くしてもいいのでは?手紙をこれほど待たなければならないなんて一体何時代の話をしているんだ!!

業務時間外に好きな人に連絡する権利を韓国陸軍は訓練兵から奪っている、これは人権侵害だ。

私は結局、国は国民の人権を守るべきだと信じていたのです。

その後私は、兵役を終えた韓国人の知り合いに片っ端から連絡を取り、一体韓国陸軍はどうなっているのかと罪のない彼らを問いただしました。

心優しく2年間もの間人権を奪われていた彼らは、私の置かれている状況に同情しつつも
「軍隊とはそういうものだ」
「軍人に人権なんてない」
「とにかく待つんだ」
と私をなだめてくれました。
私が本気で
「外国人だからよくわからないふりをして、今度韓国陸軍に連絡してみようと思う」
というと
「そんなことをしたら、彼氏が死ぬぞ」
と必死で止めてくれました。
「でも常識ではありえないじゃない、1ヶ月たっても連絡が来なかったら今度訓練所行ってくる」
というと軍隊の常識が一般の常識ではないということを軍隊を知らない外国人に丁寧に教えてくれました。

結局私は、その日「彼氏のためを思うなら、今は我慢だ」というみんなの説得に応じ、煮えたぎった信念を隅において、とりあえず寝ることにしたのです。

彼が入隊する日、涙で滲む顔を必死に笑顔に歪め、断腸の思いで見送りました。その日から”それまでずっと一緒だった彼”がいない生活が始まりました。「おはよう」のラインを書いては消した朝。おかしなポスターの写真を送る人がいない昼。いつも電話していた時間がぽっかりと空いた夜。会えない寂しさと不安で何度も枕を濡らしました。「訓練兵の心の支えになるから」という先輩の言葉を信じて、届いてるかわからない怪しげな”インターネット手紙”なるものを毎日書いていましたし、彼のいない生活に慣れた後でも酒を飲んだ日は必ず家に帰って泣いていました。

怒り狂うので忙しかった次の日、郵便受けに韓国軍隊の封筒が一通刺さっていました。あれほど憎かった「韓国軍隊」の四文字がとても愛おしく感じられ、私は自然とその文字を指でなぞっていました。それからというもの、外から帰ってきて遠目から郵便箱に平たい影を見つけると、走って家に帰るようになりました。あと1週間手紙が届くのが遅れていたらと思うと今は怖くて夜も眠れません。きっと私は訓練所へ、彼は厳しい苦難の道へと走っていったことでしょう。