20歳と38度線

K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島について書いています。

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この度、当ブログ『20歳と38度線』を閉鎖することにしました。

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当ブログは閉鎖いたしますが、今後はnoteをリニューアルし、韓国や韓国以外について気ままに発信していこうと思っています。もし、ご興味がございましたら、noteのフォローをよろしくお願い致します。

ひみ 힘이|note

 

今まで 『20歳と38度線』を読んでくださり、応援してくださり、誠にありがとうございました。

【アンケート結果】韓流ファンが嫌韓発言を言われる割合は約6割?!

  3月10日からの約一か月間、同ブログやSNSで嫌韓発言に対する韓流ファンの意識調査の目的でアンケートを行いました。私が過去、韓国コンテンツが好きという理由で韓国文化や韓国人への差別発言を浴びせられた経験があり、あることをきっかけに「どれくらいの人たちが同じ経験をしているんだろう?」と知りたくなりました。アンケートを実施するまでの詳細な経緯は、記事「KPOPファンのいきづらと差別はつながっている」に記載しているので、お時間があるときにぜひ読んでみて下さい。

hyun-nako.hatenablog.com

 たくさんの方にアンケートにご協力いただきましたが、総回答数が1クラス分ほどなので、この結果から韓流ファン全体に対してどうだと言うことはできないかもしれません。ですが、数字として結果を確認することで、仮説を立てたり自分の考えを整理する材料としては使えるかと思います。ぜひ活用してみてください。

はじめに

 アンケートには、1か月で10~60代までの34名もの方が回答してくれました。無名のブロガーのアンケートにこれだけの方が協力してくださったこと自体に、感謝の言葉しかありません。ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

 また、アンケートの中で回答者の性別、年齢層、親しんでいる韓国コンテンツにつてもお答えいただきました。調査内容として重要かと思いますので、回答者のこれらの属性について先に述べておきます。男女比は女性が77%(以下、数字は全て小数点以下四捨五入)、男性24%でした。年齢層は、20代が77%と一番高く、次いで30代が12%、残りが40代以上となります。親しんでいる韓国コンテンツとしては、K-popを含む音楽が最も多く、次いでドラマ、Youtubeを含むネット動画コンテンツ、映画という順番でした。

 

韓国に関する否定的な言葉をかけられたことがある人の割合

 まずはじめに、嫌韓・差別発言を念頭に「あなたは韓国コンテンツに親しんでいるのがきっかけで、他の人から韓国の文化や韓国人に対する否定的な言葉をかけられたことがありますか?(ネット上も含む)」という質問を行いました。56%の人たちが「一回以上ある」と回答しました。また、「5回以上ある」と回答した人は20%でした。

「あなたは韓国コンテンツに親しんでいるのがきっかけで、他の人から韓国の文化や韓国人に対する否定的な言葉をかけられたことがありますか?(ネット上も含む)」の質問に対する回答

どのようなことを言われたのか

 上記の質問に「一回以上ある」と回答した人に対して、具体的にどのようなことを言われたのか聞きました。「韓国が嫌い」という類の一方的に韓国を拒否する発言が一番多かったですが、中には衝撃的なものもありました。皆さんの参考になればと思い、回答の一部を抜粋してそのまま掲載します。ヘイト発言が多数ありますので、苦手な方は読み飛ばしてください。

K-pop好きなお前が嫌いと言われました

また韓国か!もうやめろ!韓国人はつけこんでくる、など

あんな国のどこがいいの という言葉をかけられた

韓国のものなんかより日本のものの方がいい

韓国行くと日本人は嫌なことされるんでしょ?

韓国って国嫌いだからどうでもいい

同僚数人と好きな映画の話題になり、韓国の映画好きなんだよねと何の気なしに言ったところ男性複数から「あ俺韓国嫌いなんで」と即座に否定され、詳細は忘れたが「ウンコ食う国ですしね」などネットデマレベルの誹謗中傷を聞かされた

母親が嫌韓です。テレビでKPOPアーティストとか韓国のニュースを見ていると、「そんなもん見るな」とか「韓国人は嘘つきで信用できない」と言ってきます。

昔付き合ってた人から、話の流れで「まさか実は韓国人ってことはないよね?」と訝しげに確認されたことがあります。

 正直、この質問の回答を眺めているだけで吐き気がしてくるのですが、一覧にしたおかげで韓流ファンがさらされているヘイトの深刻さが実感できました。

誰が言うのか

 最初の質問に「一回以上ある」と回答した人を対象に、その発言を誰に言われたのかを聞きました。回答として最も多いのは「家族・親戚」、次いで「友人」となりました。

 また、前述した回答2つに「パートナ(配偶者、恋人含む)」を含めると全体の68%のとなり、韓流ファンが韓国に対し嫌悪・差別発言を行う人と日常的に接していかなければならない現状が見えてきました。

「発言した人とあなたの関係を教えてください」の質問に対する回答

韓流ファンの取った行動

 最初の質問に「一回以上ある」と回答した人を対象に、その発言を聞いたとき自分がどういう行動をとったか聞きました。その結果、53%の人が「相手の言葉を無視した」、37%の人が「相手の言葉に反論した」、10%の人が「本心ではないが相手の言葉に同意した」と回答しました。

 上記3つに加えて、「発言に共感して相手の言葉に同意した」を回答の選択肢として準備していましたが、選択した人はいませんでした。

 なお、同質問は自由記述の選択肢を追加できる設定にしていました。グラフが見やすくなるよう、自由記述の回答は最も近い既存の選択肢と置き換えて集計しました。

「その時あなたはどういう行動をとりましたか?最も近いものを教えてください」の質問に対する回答

韓流ファンの嫌韓発言に対する考え

 次に、韓流ファンの嫌韓発言に関する考え方について質問しました。選択肢としては以下の4つを提示しました。

  • 問題とは思わない
  • 発言そのものは問題ではないが、韓国人や韓国にルーツのある人の前では言うべきではない
  • 発言そのものは問題ではないが、韓流ファンの前では言うべきではない
  • 人前で言うべきではない

 結果は、「人前で言うべきではない」と答えた人が最も多く67%に上りました。また、「発言そのものは問題ではないが、韓流ファンの前では言うべきではない」を選択した人が一人もいなかったことは意外でした。

 個人的に、今まで何回も韓国に対する差別発言に遭遇してきたので「差別発言が野放しにされている=黙認している人が多い=発言自体は問題視していない人が多いのでは?」と予想していました。「人前で言うべきではない」と回答した割合がこれほど高い結果が出たことはうれしい裏切りでもありました。

 ただ、他の質問もそうですが特にこの質問の結果は回答者が本ブログの読者が中心であることが影響していると考えられるかと思います。K-popライブ会場や韓国語教室などで同じ問いを聞いたときにどのような答えが返ってくるのか気になるところです。

 

「 嫌韓発言に対するあなたの考えに最も近いものを教えてください」の質問の回答

「嫌韓発言」と「差別発言」に差はあるのか

 私は「嫌韓発言=差別発言」と考えていますが、二つが使い分けされている以上、異なるものとして認識されているのも事実だと思います。そこで、韓流ファンの「嫌韓発言」と「差別発言」の認識の差異について確認したいと考えました。

 確認方法として、それぞれの言葉の定義を回答者に委ねた上で「 以下の発言の中で嫌韓/差別発言と思うものを全て選んでください」と質問しました。

 なお、「韓国の文化や韓国人に差別的であったり、過度にネガティブなステレオタイプを助長している発言」を嫌韓発言および差別発言であると定義した上で、選択肢の文言作成を行いました。

  • 韓国アイドルは全部同じ顔
  • K-POPは韓国の音楽だから嫌い
  • 韓国人は日本から出ていけ

 まず、「嫌韓発言」と「差別発言」で単語を入れ替えただけの質問で、回答内容が変わった人は34人中5人にとどまりました。この結果から、二つの発言を同一と認識している人の割合が85%になり、とても高いことが分かりました。

 また、想定通り、ステレオタイプを助長するが、分かりやすい憎悪感情の表現がない「韓国アイドルは全部同じ顔」という選択肢は、他の選択肢に比べ、差別・嫌韓発言と認識されない傾向にあることが分かりました。

「以下の発言の中で嫌韓発言と思うものを全て選んでください」の質問に対する回答

「以下の発言の中で差別発言と思うもの全て選んでください」の質問に対する回答


アンケート結果まとめ

 アンケートの結果は以上となります。これまでの分析結果をまとめると、アンケート回答者の半数以上の人が、韓国文化や韓国人に否定的な言葉を投げかけられており、その7割近くが家族や恋人、友人などの近しい、日常的に触れ合う人々からの発言であることが確認できました。

 この結果自体はとても深刻ですが、嫌韓・差別発言に遭遇した時に相手に同意せずに無視・反論した人の割合が高かったことは、希望が持てるかと思います。

 また、回答者の70%近くが嫌韓発言と差別発言を同一だと見なしている反面、嫌悪要素が弱いかつ偏見やステレオタイプを助長するだけの発言は差別・嫌韓発言ではないと認識される傾向があることが結果から読み取れました。

私たちも差別の被害者になることがある

 もちろん、このアンケート結果だけを見て、韓流ファン全体について語ることはできないことは冒頭にも記載しました。ですが、個人的には、肌感覚で理解していたことが数字として見えたことで、自分の体験を客観的に整理できたと感じています。

 また、アンケート回答者の半数以上が差別発言を浴びせられた経験があることから、一個人的な経験として通り過ぎていた不快感が、実は一定の人たちが経験する差別体験である可能性が出てきました。韓国・朝鮮人への差別が行われている日本社会の歪みが、私たちが差別の被害者となる形で表出しているのです。
 私は研究者ではないので今のところ、これ以上の調査の予定はありませんが、このアンケートが皆さんの朝鮮人・韓国人差別に対して少しでも考えるきっかけになれば幸いです。

 

いつだって”エブエブ”が私を勇気づけた~アジア系セレブに励まされる日々~

 映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(略称:エブエブ)がアカデミー賞を取った。しかも、7冠。候補作の中でぶっちぎっていた。初めて受賞の知らせを聞いた時、あまりの嬉しさに、ギャー――――と叫びながら家を飛び出して(普段はそんなことはやらないので)危うくマルチバースとリンクしそうになった。

やったぞ!やった!

予告編を見た時から、早く見たかった"エブエブ"。多くのアジア人が見たかった、同じ人種の俳優・監督たちがトロフィーを手にする姿。私たちはやってのけたのである。

youtu.be

 アカデミー賞を受賞する俳優や作品の人種の偏りは以前から指摘されていた。そんな中、2020年に宇宙人の様に襲来したのか『パラサイト 半地下の家族』だった。でも、これはアメリカから見れば"純外国製の映画"。どことなくお客様感があって、アカデミー賞を「ローカル」と言い放ったポン・ジュノ監督とアメリカの大衆との出会いは、まさに未知との遭遇という感じだった。

 私は、小学生の頃から親の影響でよく映画を見ていた。中学生になると、映画監督を夢見るようになった。自分で映画の脚本を書くようになり、高校生の頃はTUTAYAに自転車を走らせては毎週末浴びるように映画を見た。友人が話す映画の話は、大概答えられた。
 そんな当時の私にとって、ハリウッドは華やかなエンターテインメントのイメージしかなかった。今思えば、前に”白人の”とつけるべきだと思うが。アメリカに行ったことのないちび子は(ちなみに今でもない)、登場人物たちの人種構成が現実を反映していないなんて知る由もなかった。大量のラブコメを見ながら、「これがアメリカか~。」と無自覚にせっせとステレオタイプを己に刷り込んでいたのだ。

 だから、アメリカのテレビドラマ『Glee』でアジア系のティナのストーリーがエピソードに盛り込まれた時、衝撃を受けたのである。それまで、アジア系の見た目をしていた人々は、公園で太極拳をしていたり、クラスメイトとして溶け込んでいただけで、セリフは一言二言だった。主人公に何かきかっかけを与えるだけの、モブ扱いだったのである。

 『Glee』は今見でも時々見る。14年前に放送されたとは思えない非常に先進的なドラマで、多様性や人権感覚は日本ドラマの30年は先を行っていると感じている。

 『Glee』を知って以来、欧米のドラマや映画を見ている時にアジア系の出演者に目が行くようになった。時代が進むにつれて少しずつ役の幅が広がってきたものの、ほとんどが主演ではなかった。しかし、「アメリカは多民族国家」と字面でしか覚えていなかった私は、「アジア系はきっと数が少ないんだろうな」とか「だから主演にならないんだろうな」と思考停止に陥っていた。アメリカにアジア人差別があることは風の噂で聞いたことがある程度で、当事者意識は0であった。当時の演出家気取りの私にとって、あくまで映画は"面白いか"、"面白くないか"であり、アジア人よりも"日本人"という意識が強かったせいで、画面に映る俳優が皆同じ人種でも特に違和感を抱かなかったのである。

 大学に入り、友人に外国人が増えてからは、かなり意識が変わった。所属メンバーの9割が留学生か外国にルーツを持つ学生という超多多様性サークルに籍を置くことになり、気づけば周りにはアジア系の友人が増えていた。恋人も韓国人で、親友は台湾人だったので、日本人という既存のアイデンティティを維持しながら、だんだんと自分のことをアジア人(特に東北アジア人)と思うようになっていった。

 2020年、コロナウィルスが世界で猛威を振るい、多くの人々が動画有料サービスへの入会を余儀なくされた時、私もNetflixに入った。そして、ララ・ジーンに出会ったのである。映画『好きだった君へのラブレター』の彼女である。


www.youtube.com

 それまで見てきたラブコメの主人公は白人の専売特許かと思うくらい、白人が圧倒的に多かった。だから、韓国系アメリカ人が主人公だったことに私は衝撃を受けたのだ。冒頭の10分を見ただけで、"ララ・ジーンは私だ"と感じた。彼女と私は、国籍も年齢も、家族構成も好きな人のタイプも違ったけれど、今までのどのハリウッド・ラブコメよりも親近感が湧いた。ただ、見た目が一番私に似ていたということだけで、心が震えたのだ。まるで、実写版アリエルのキャストを初めてみた女の子たちの様に。

youtu.be

 それからは、アジア系が主人公の映画を漁って見るようになった。『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』『シャンチ―』『私ときどきレッサーパンダ 』『クレイジー・リッチ』などだ。

 私がアメリカのスタンドアップコメディを見るようになったも、アジア系のセレブ達のおかげだ。スタンドアップコメディは、ひとり語りで観客を笑わせるタイプのコメディーショーで、アメリカ社会への理解やその中で培われた感覚がかなり必要になる。昔、ちらっと見たことがあるがあまりハマらなかっため、私には難しいだろうと思い込んでいた。
 しかし、長いコロナ禍の中で私はジミー・O・ヤンに出会ってしまったのだ。勉強を強いるアジア系の家庭事情をあるあるネタにし、マイノリティーの逆境をシニカルな笑いに変えていた。そのパワーはとんでもなかった。アジア系は心置きなく笑えるのに、マジョリティの白人は少し困ってしまう。そんな芸風にドハマりした。それからは、アリー・ウォン、ジョエル・キム・ブースターと芋づる式にお気に入りスターを探していったのだ。

 大きな会場を満員にし、笑わせる景色は、同じアジア人としてとても頼もしかった。差別の土台がある社会に生まれ、その中で育ち、いくつもの逆境の中でスターへと上り詰めた彼らの、したたかな力強さがまぶしかった。BTS、パラサイトが世界を席巻した時とは、また違う勇気を与えられた。彼らは「外圧ではない、社会の内側からでも差別に風穴を抜けられるという勇気」を私にくれたのである。

 エブエブで主人公を演じた中華系マレーシア人のミシェル・ヨーは、主演女優賞の受賞スピーチでこう語った。

「私のような見た目をした男の子たち、女の子たち」

「これは、みなさんの希望の証、夢は実現するという証です。」

女、若者、年寄り、人種、様々な差別が見えて閉塞感の続く現実に絶望しそうなとき、ミシェルたちがいるおかげで"立ち上がる"ことを恐れないでいようと思えるのである。

KPOPファンの生きづらさと差別はつながっている

最近、こんなツイートがプチバズリしていた。

私は「夫が嫌韓なので隠れてKPOPを聞いている」というエピソードにとても共感し、昔母親から「私がいるときにテレビでそんなもの(KPOPの映像)見ないで」と言われたことを思い出した。その時は確か、

「えーなんでー!」

と駄々をこねて、「勝手にしなさい」と母がリビングから出ていったと記憶している。

 私は、韓流ブームから少し遅れてチャン・グンソクにハマり、韓ドラ「美男ですね」経由でCNBLUEからKPOPを聞くようになった。それ以来、ずっと韓国コンテンツに親しんでいる。韓流ファン歴はもう10年だ。(そんな長い月日が流れていることに書きながら驚愕している)

 韓流ファンになって以来、私は、母をはじめとして友人やバイト先の同僚に嫌韓みを帯びた言葉を定期的にかけられてきた。

「韓国ドラマのどこがおもしろいの?暇なの?」

「KPOP好きなんなんて、ひみさんは変わってるよね(笑)」

「俺/私、韓国嫌い」(別に聞いてないけど?)

「あれでしょ、男の人も化粧するんでしょ?(半笑い)」

「何が好きか/ハマっているものを聞いてきたのはそっちだろ!」とか、「なんだその偏見の塊は!」と毎回イライラはしていたけど、当時は"慰安婦"問題や領土問題がメディアで大きく取り沙汰されて日本全体に嫌韓ムードが漂っていたし(今思えばちょうど安倍政権と時期丸被り)、これらの言葉にまともに取り合っているとキリがないので、徐々に聞き流すようになった。東京の大学に進学してからは母と話すこともなくなった。

「勝手に言ってろ。こっちは勝手に楽しんでるから。」

 ただ、大学でヘイトスピーチの存在を知った後はそうも言ってられなくなった。差別と偏見がぐちゃぐちゃに混ざって凝り固まると、生命の危機を感じる問題になると初めて認識した。ヘイトクライムというのもあるらしい。マジで異常すぎると思ったけど、日本ではヘイトスピーチすら規制する法律がないと聞き、びっくり仰天した。

 ヘイトスピーチが日本社会で表面化したのは2009年の京都朝鮮学校襲撃事件がキッカケだった。その頃、中坊の私はまだ国民的アイドル嵐に夢中で、憎悪の対象に子どもを狙う姑息で悪質極まりない事件の存在を知らなかった。その後、私が大学に入学したのが2015年。当時の新大久保は新宿のど真ん中と言うのに、廃れた雰囲気が漂っていて、今みたいな「週末は人がいっぱいで歩道が歩けない」なんて、全くなかった。私は、隠れるように好きな俳優のブロマイドを買い、ガラガラの韓国料理屋で昼飯を食べていた。


 2016年に国・地方公共団体が啓発活動に取り組むことを定めたヘイトスピーチ解消法(罰則規定はない) が施行されても、差別と偏見が収まることはなかった。BTSが世界を席巻しても、2021年の8月に在日朝鮮人が多く住む京都・宇治のウトロ地区で放火事件が起こった。7棟の家が燃えた。同年開館予定だった平和祈念館のための資料も燃えた。危うく人が死ぬところだった。さぞかし、犯人は反省しているだろう思ったら、

「ヘイトという形で国民の不満をうさ晴らしするには、一役かったと思っています」

とインタビューに答えていた。



は?英雄ぶってるってのはどういう了見??

 

 朝鮮人差別について調べていると、差別する人達を表現する際に「普通」「普通の人」という言葉をよく聞く。ある記事では、この放火犯の過去を知る人に取材しても右翼団体とのつながりや右翼思想を連想する発言は無かったと書かれていた。

 去年の夏、私はウトロに行った。事故現場もちゃんと保存されていて、先が燃え落ちて青空に突き刺さる黒焦げの柱を見た。炎は人間を燃やす力を持つんだということを改めて認識した。これを「普通の人がやった」と言うには、あまりにも残酷すぎた。

ウトロ地区 放火現場

「こんなん、通常の精神状態ではありえなくないか?」

 だって、もし普通の人が差別感情を持ち、その延長で放火魔になったのなら、それを止められなかった日本人たちにも問題があることになってしまう。犯人は"私たちの不満"を憂さ晴らしをしたと言っているのだし。その"不満"と生活苦による鬱憤を一気に解決する方法として、"韓国人の家を燃やすのが効果的だ"と、私たちは犯人に思わせていることになるのだ。

 同じインタビューの中で、彼は自分の根底に「韓国・朝鮮の人に疑心や嫌悪感」があり、仕事を辞めたことが事件へとつながったと語っていた。それを知った時、私はめちゃくちゃ怖かった。そして、ずっと考えていたことが確信に変わった。
 犯行前の彼と、何気なく私に韓国を否定するような言葉をぶつけてくる人たちに、何ら違いはないと気づいてしまったからだ。"普通の人"たちが、憎悪犯罪の加害者になる可能性を大いに秘めているのである。そして、"普通の人たち"こそが、憎悪犯罪を犯す人にとって"国民"であり、犯人に力を持たせるのだ。朝鮮人・韓国人への差別と私が感じてた韓流ファンとしての生きづらさはめちゃくちゃ地続きだったのだ。

 この"普通の人たち"をどこかで止めなければ、また誰かの家が燃やされる。そしていずれ誰かが殺される。私がうかうかしてたら、私の夫がその犠牲になるかもしれない。あなたの韓国語の先生が刺されるかもしれない。韓国語を話した時の私や韓国ファッションに身を包むあの子だって、憎悪犯罪に手を染める人たちからすれば一緒かもしれない。

 じきに「KPOP好きな奴も同類」だと平気で言う奴が出てきて、それを支持するような人たちが一定数出てくれば、次はアイドルのコンサート会場や推したちに火をつけるかもしれない。誰かが死ぬなんてことは、絶対に避けなければ。もし憎悪犯罪で死人が出たら100%私たちの責任である。犯人と"普通の日本人" 、そして彼らの憎悪を止められなかった"普通じゃない日本人"全員の責任なのだ。殺された方に責任があるなんてそんな馬鹿げた話があるわけがない。


 私たちは今、韓国人への差別を犯罪の理由として容認する国で、KPOPを聞いている。ヘイトスピーチやヘイトクライムを罰する法律がない国で、韓国ドラマを見ている。その事実を深刻に受け入れなければならない。そんな深刻な状態で私は、"普通の人"たちの危うさに気付けずに、「面倒だから」という理由で同じ日本人の差別を野放しにしていたのだ。

 もうこの事実に気付いてしまった以上、「面倒くさい」とか「勝手にしてろ」とか言ってられなくなった。こうなったら、あの"嫌韓みを帯びた言葉たち"に真正面から突っ込んでいくしかない。「その根拠は?」「それどこの情報?」「実際に行ってみた?」「実際に食べてみた?」「実際にそういう人に会ってみた?」「そう思ったのはなぜ?」「それって差別だよね?」「あなたは差別主義者なの?」

 相手が右翼思想を持っているとか、ヘイトスピーカーかどうかは関係ない。"普通の人"でも何でも、国民の心の奥底にはびこる「韓国・朝鮮の人に疑心や嫌悪感」を火消ししなければ、長年築きあげてきたものを私たちは一瞬で失うことになるのだ。あの、ウトロの、燃えた空き家みたいに。

 

 去年、職場の先輩から


「韓国って噓つきの国だよね?」


と言われたことがあった。私は、

 

「あの、日本が昔韓国を植民地化したのはご存じですか?」

 

から始めた。仕事中だったから全然彼女を説得するまでには至らなくて、正直悔しかったけど、植民地の支配側と被支配側で見える歴史が違うのはよくありますよねと話すと、

「あ、そうなんだ。」
 
と言っていた。ちなみにその先輩はそれからしばらくしてBTSのジョングクにハマっていた。


 でも、さすがに全員に対して全力消防団を続けるのは体力が持たない。先輩はギリ説得しようと思えたけど、ネット上の変な捨てアカ、どうでもいい知り合いにまで突っ込んでいくのはさすがに無理だ。


 ただ、少なくとも、私が大切に思っている人にだけはそんな考えを持たせるべきじゃない。私がほったらかしたせいで、恋人、家族、親友が平気で憎悪犯罪を擁護し、そのせいで誰かが死んだら、私はどういう気持ちでKPOPを聞けばいいのか。そもそも、"大切な人"全員に差別意識を無くしてもらわないと、いつまでたっても私は同じ言葉をかけられ、自分の苦しい状況が続くのだ。

 KPOPを"そんなもの"と言い捨てていた母は今でも、(どれだけ質が良くて安価だとしても)中国・韓国製の家電を買うことを拒む。けれど、最近はそれ以外は特に気になる言動はなくなってきた。娘が韓国人と付き合って結婚までしてしまったら、家族の前で韓国を悪く言えないというのが一番大きいだろう。

 でも、母が変なことを言う度に、同じくKPOPオタクの妹と一緒に
「韓国人に"しては"って何、"しては"って。どゆこと?」
といちいち突っ込みを入れていたことも効果があったと信じたい。

 今では母は、私がいないところで「(夫)さん、とてもいい人」ねと言い、夫の実家から送られてくる韓国食品のお歳暮を毎年楽しみにしていると、実家にいる弟から聞いた。とりあえず、私は胸をなでおろしている。もちろん、まだまだ道半ばだけれども、努力は無駄じゃないんだと思うことができているのだから。

 

 でも、反論するための的確な知識や協力してくれる力強い仲間が、いつでもだれにでも見つかるわけではない。じゃあ、そんな時私たちはどうすればいいのだろうか。相手に言い返す言葉が見つからないとき、その場の空気に飲まれてしまいそうなとき、目の前で突き付けられる差別の現実に私たちは何度も傷つき、もがいてきた。

 多分、まずは実態を知るべきだと私は考えた。もしかしたら私の勘違いで、周囲から嫌韓発言を浴びている韓流ファンは、世界中で私と「夫が嫌韓でKPOPを隠れて聞いている妻」の二人だけかもしれない(そうであることをむしろ望むが)。また、実態を知るのは、仲間はこれだけいると確認したいのもある。私の狭い人脈と全然有名じゃないこのブログがスタートでも、きっと共感してくれる仲間がいれば、何かしらの答えが見つかるんじゃないか。「始めることが半分」だと韓国のことわざでも言んだし。

 それに、差別に対抗する方法は「共感」だって私たちは既に知っているじゃないか。世界中のKPOPファンがBTSの音楽に共感したから、彼らは世界でスターになり、有色人種差別が色濃く残るアメリカのビルボードチャートで、何度も1位を取ったんだ。


 最後に、アンケートのお願いです。嫌韓発言に晒される韓流ファンの実態調査のために、1分で終わるとても簡単なアンケートを作成しました。もし、興味のある方は回答&知り合いの方々へ紹介していただけるとありがたいです。回答者の情報は、アンケートの内容以外集計者に送信されることはありません。集計結果は後日ブログで公開予定です。

docs.google.com

 

【インド映画『RRR』感想】あるある、あるよねー。

 小説を書き上げていたときに友人たちのインスタでめちゃくちゃ流行っていたインド映画があった。題は『RRR』。タイトルだけでは中身がわからず、予告編を見たら、普段はあまり見ないインドのエンターテイメント作品だった。とりあえず名前だけ覚えておいてまた原稿に向かったけれど、しばらくして、妹が2回(しかも2回目はIMAXで)見たとストーリーに上げていた。あの妹が?と驚き、どれほどのものかと興味が湧いた。

youtu.be

 が、1年越しに終わりが見えてきた小説をほっぽり出すわけにはいかなかった。終わる終わる詐欺をしてもう半年が過ぎていた。いけないいけない、同じ過ちを繰り返すところだったと、浮かしたお尻にぎゅっと力を入れて、姿勢矯正用の椅子に擦り付けた。

 のが、数週間前の話。先週の頭に今年の目標の一つだった小説をやっとこさ終わらせて、滑り込みで映画を見てきた。ずいぶん流行りに遅れて、もう大きい映画館でも早朝か終電で帰る時間でしかやってなかった。

 映画は世間で言われている評判そのままで、びっくりするくらい面白かった。マーベルファンでもある夫は、

「インド映画の時代が来るぞ!!!」

と興奮冷めやらぬ様子で、私も思わず見終わった後は劇場で拍手をしてしまったくらいだ。無意識に手を叩いたのは2020年にアカデミー賞を受賞した『パラサイト』以来だった。劇中10回くらいニヤニヤして、ラーマの秘められた過去のシーンではちゃっかり泣いた。

 映画館を出た後に、二人でラーメンを食べながら感想を言い合ったが、独立運動家たちが神々しい姿で次々に登場したエンドロールについて話さないわけにはいかなかった。私の勉強不足でガンジー以外存じ上げなかったけれど、過剰な演出のおかげで偉人であることは容易に分かった。その演出のしつこさは、直前まで楽しさで気が狂っていた観客に"あ、この映画ってプロパガンダ映画/教育映画でもあったんだ"と気づかせるほどのインパクトを持っていた。

 インドが大英帝国の植民地であったことは周知の事実だろう。映画の中で英国人の警官たちは人形なのかと思うくらい
バッタバッタと倒されていった。私はその様子にとても既視感があった。韓国の植民地期を描いたアクション映画・ドラマでよく見た構図だったからだ。『ミスターサンシャイン』とか『グット・バット・ウィアード』の戦闘シーンで、日本兵がポンポン死んでゆく、あれだ。

「ですよねー。」

支配層とは思えないほど弱々な敵陣のおかげで、主人公たちのパワフルさが引き立つのはお約束っちゃお約束。こういう"植民地VS宗主国の公式"みたいな映画の型があるのかもなーと考えたりした。


 世界中で大ヒットした本作品だが、イギリスではどうなのかと気になってググったら、ちゃんと大ヒットしていた(そうだ)。ネットサーフィンで見つけたBBCの記事はちょっと深読みするべき?というくらい良いことしか書いてなかった。

 加えて、歴史などを簡単にまとめた文春オンラインの記事を読みながら、私はそうだったと膝を打った。今のイギリス首相はインド系なのだ。彼の首相就任のニュースが出た時、

「もし日本だったら、孫正義が首相になるかんじ?」

と夫と2人で話していた。確かに、そんな国だったらちゃんと『RRR』もヒットしそうだなと納得した。


 そういえば、今日は3.1節で韓国では独立運動を祝う日。1920年のインド半島が舞台の映画では、主人公たちは超高速ステップの派手なダンスで宗主国の人々に対抗していた。一方で1919年に朝鮮半島に生きた人たちはシンプルに両腕を上げていたんだよな。偶然並んだフィクションと史実が頭の中で混ざり合い、つられて手足を動かそうになったけれど、足をばたつかせて中途半端に手を上げる自分の姿が滑稽なのは分かっていたので、机から10センチ腕を浮かせたところでグッと制止した。

反日映画?これ見ていいな!おすすめの日本統治時代韓国ドラマ&映画TOP5

 今回は、韓国留学中に歴史遺跡を練り歩いた映画オタクが選ぶ、日本統治下を舞台とした韓国ドラマ&映画TOP5をご紹介します!大いに”攻め”&完全個人の趣味爆発なランキングですが、次に見る作品選びの参考にでもお役立てください。あなたが見たことある作品はありますか?
※作品だけ知りたい人はランキングまで飛ばして下さい。

はじめに

 ランキングに入る前に、韓国コンテンツでの日本統治下の描写についてちょっと触れておきます。韓国ドラマにハマりだし、面白い面白いと思って沼に潜ってくと、避けては通れないのが日本統治時代の作品たちですよね。特に歴史ドラマファンは何度もこの時代に悩まされているかと思います。俳優が好きで映画やドラマを見てる人達もそうかもしれません。日本統治時代を描いた作品は韓国ではとてもありふれたもので、数も多く、韓ドラ&映画沼に入っていくと必ずどこかでぶち当たります。イ・ビョンホンとキム・テリの歴史大作ドラマ「ミスター・サンシャイン」や、コンユ&ソン・ガンホ主演映画「密偵」などがいい例でしょう。日本統治時代を描く作品では、ほとんどの日本人が悪者扱いをされ、見てて気持ちのいいものではないからです。ですが、実際に日本人が朝鮮人を虐げていた歴史も存在します。私たちはどのような心持ちでこのれらの作品を楽しむべきなのでしょうか。

 初めて日本統治時代の作品を見た時、ほとんどの人たちは日本人が悪者扱いされていることに驚くかと思います。「おいおい、そんな歴史があったなんて聞いていないよ」という具合に。それだけならまだいいのですが、たいていの場合、そのすぐ後に"日本人の残虐性に引く"という過程が待っています。戸惑っている私たち日本人視聴者は置いてけぼりで映画はどんどん進んでいき、日本人としての不快感も加わって「面白くない」と判断してしまうのがほとんどではないでしょうか。この手の作品では、日本軍人や日本市民のほとんどがフラストレーションMAXで、人を殴ったり殺したりするのも厭わないように描れます。登場する日本人たちのあまりの非道さに、好きになった俳優のことでさえ作品に出ていることを理由に「反日なの?」と疑ってしまう人もいるでしょう。

 もちろん、"作中で悪く描かれる日本"とは、大日本帝国のことを指します。私たちが生きている現在の日本国ではありません(関連はありますが)。今でこそ民主主義や人権という考えが存在する日本ですが、過去そうではない時代がありました。1945年以前の、天皇を中心とした権力構造を持ち、人権も法律の下で制限されていた時代です。生きている感覚も、韓国に対する視線も全く違います。ですが、個人のアイデンティティと国の歴史はそう簡単に切り離せるものでもないため、映画やドラマで描かれる"日本人"に違和感を持ち、作品を受け入れらないことが多々あるかと思います。

 でも、悲しいですが、"残虐な日本(人)"というのが現代韓国での大日本帝国と当時の日本人を見る視線なのでしょう。日本統治時代を舞台とした作品で"日本"が分かりやすい悪として描かれるのは、「大日本帝国=悪」という認識が今の韓国社会で共有されてるからこそ可能なのです。大日本帝国が朝鮮を支配し、日本人が自分たち朝鮮民族を虐げた歴史があることは、韓国ではあまりにも常識として浸透しています。

 ただ、そういう歴史があると頭では分かっていても、感情の部分で受け入れられないと言う方もいると思います。そういう方には"ハリウッド映画でのナチス党員の扱い方"になぞって理解するのをお勧めします。世界史を少しでも学んだことがある人は、"ナチス"がユダヤ人を差別し、周辺国に戦争を仕掛けたことはご存じでしょう。歴史を二度と繰り返さないため、その残虐性は戦後何度も強調されてきました。そのため、"ナチス=悪"と言う方程式が私たちの中で共有されています。この方程式をハリウッドは大いに利用しているのです。観客に"この人は悪い人だよ!"と認識させたいときに、ナチス党員という設定を出してしまえばわざわざその人が"悪い人"という説明をしなくて済みます。これは映像制作の上でかなりの利点ですし、その時代を描きやすくなるという要素になりえると私は考えています。

 ここまで、史実との関連を交えて話してきましたが、一方で私が絶対に勘違いしてはいけないと考えていることがあります。それは「映画やドラマで歴史は学べない」ということです。映像作品は、歴史に興味を持つきっかけになったり、当時を生きていた人たちを想像するヒントになるかもしれませんが、あくまでフィクションです。いくら「実話をもとに」と言ってもドラマは脚本家が書いたものであり、映画は監督の頭の中を具現化したものです。歴史を語るものではありません。フィクションはストーリーや世界観を楽しむもので、あくまでエンターテインメントだと私は考えています。映画を見た後に不快感が勝つのであれば、無理に見る必要はないでしょう。

「じゃぁ、どうしてそこまでして日本統治時代の韓国作品を見続けるのか。」

 私の場合は「不快感を乗り越えた先にある感動を諦めきれない」というのが一番にあります。正直、戸惑ってしまうのは最初だけで、いろんな作品を見続けていくうちに記号的な演出には慣れました。加えて、実際の歴史について学んだのが一番大きいと思います。自分の中で植民地支配への考えがある程度整理がつき、背景知識を知ることで作り手の意図がより明確に分かるようになりました。そして、歴史が持つダイナミックさや、現代では表現できない感情たちにリアリティが与えられる瞬間を作中で目撃して、日本統治時代の作品を見ることをやめられなくなってしまったのです。私が日本人であるという理由で、良質な作品を見る機会を自ら手放してしまうのはもったいないとは思いませんか?日本統治時代の作品から得られる感動には、その時代なりの、作品を見続ける価値があると私は思っています。

 前置きが長くなりましたが、順番におすすめ作品をご紹介していきましょう。

1.死の賛美

https://ww.namu.la/s/58b7ba53ce797a8b44fecc7b327ac2096a785070f7cbccc60edcff70ce8aad7d1fe72e91f8f24c29c57067bc4a6c3ab97397fb1c0611cc6769f80bffa5b9cc7f6223062d3be756f20e2144c4137573ae79daf65ce860c5186133a5b07e336aa1aad7d93634e9367ee22c5882d25fb846

 私の永遠の推し、イ・ジョンソク主演の短編ドラマ「死の賛美」(原題:사의 찬미、2018年、全3話)が堂々の第1位です。選出理由は「実力派イケメン俳優の推しが主演だから」と言いたいところですが、八百長はいけません。「ストーリーが自分の好み」というのが、この作品を1位に選んだ本当の理由です。

 ロミジュリのような叶わぬ恋をメインストーリーとして祖国のためと演劇に熱中する若者たちを描いています。私はコメディーが好きなんですが、実はその2倍くらい悲劇が大好きです。特に、結ばれない恋愛もので号泣するタイプの人間です。この作品は、タイトルからサッド・エンディングが容易に想像でき、前半の幸せなシーンほど泣けました。また、短編ドラマで知名度が低いため、あえて1位にしたというのもあります(と言いつつ私が2周した完成度)。映像もすごく美しく、見てて常に心地よかったです。
 小話を一つすると、主人公キム・ウジン(イ・ジョンソク)が日本で通っていた大学が私の母校でした。なんなら改編前の学部まで一緒でした。実話が元になって作られたそうなので、おそらくモデルの人物が通っていたのでしょう。ドラマの設定上でも、イ・ジョンソクの後輩になれたことがとてもうれしかったです。ありがとう!先輩!

www.netflix.com

2. お嬢さん

お嬢さん(字幕版)

 2位は、泣く子も黙るキム・テリの衝撃デビュー作「お嬢さん」(原題:아가씨、2016年公開)です。私は、この映画を見た随分後にこれが彼女のデビュー作と知ったんですが、文字通り声を出して驚きました。当時の共演者が言っていた「すごい女優さんになる」と言う言葉を地で行っているキム・テリは現在、Netflixドラマ「二十五、二十一」でもその実力を爆発させています。(17歳の少女を演じている女優が今年30だなんて誰が信じるのか......)

 映画は、貧困街で孤児として育った少女スッキ(キム・テリ)が主人公です。彼女は詐欺師の仲間となり、莫大な資産家の家に使用人として潜入します。令嬢のお世話係として働くうち、お嬢様にどんどん情が湧いていき、段々と罪悪感を抱くようになります......。

 作品自体はR-18指定で、超露出度高めな作品です。私はそれに気づかず、留学先の大学図書館のAVルームで堂々と見てしまった前科があります。登場人物が服を脱ぐたびに周囲を気遣ったのも、今となっては大切な留学の思い出です。監督はパク・チャヌク監督で、練りに練られたなんとも"変態な"演出とシナリオが見どころ。後半の大どんでん返しに興奮しました。映画作品として非常に質が高く、濃密な2時間を味わえます。

3. 金子文子と朴烈

金子文子と朴烈(字幕版)

 3位は「金子文子と朴烈」(原題:박열、2017年公開)です。この映画に関しては、私が原作の大ファンだというのが大きいでしょうか。金子文子の手記『何が私をこうさせたか』(岩波文庫、2017)を始めて読んだ時、私の中で激震が走りました。"フェミニズム"や"女性の自立"が叫ばれるずっと前の日本で、「自分を生きる」ことを貫いた一人の女性がいたのです。無戸籍として不遇の子供時代を生き延び、大人になって朝鮮人の恋人をもった文子は、最終的に天皇への大逆罪で死刑宣告を受けます。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、彼女の手記を読んでいるとまるで映画のようでした。

 そんな原作を本当に映画化した本作は、原作ファンをガッカリさせなかったことだけでおすすめに値します。確かに、私の中に既にあった文子のイメージと全く異なってはいましたが、映画の中の主人公文子も作品とキャラクターの調和がとれていて、とても気に入りました。何より、金子文子を演じたチェ・ヒソの演技が素晴らしかったのを覚えています。彼女の熱気がスクリーンを挟んでも伝わってきて、映画を見た後はとても温かい気持ちになれました。

4.グッド・バッド・ウィアード

グッド・バッド・ウィアード (字幕版)

 4位はソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ウソンというトップスター3人を迎えた、ドタバタアクションコメディー大作「グット・バット・ウィアード」(原題:좋은 놈, 나쁜 놈, 이상한 놈、2009年公開)です。アジアで西部劇を作り、満州を舞台にするという妙技をやってのけた映画です。 

 西部劇の名作『The Good, the Bad, and the Ugly 』(邦題:夕陽のガンマン、1967公開)が元ネタで、お約束的なシーンがいっぱい出てくる映画ではありますが、西部劇に馴染みのない私でもコメディーとアクションが分かりやすくてとても楽しめました。何と言っても、中二病のイ・ビョンホンが見どころ(笑)。日本軍もお決まりの悪役の記号としての役割しかなく、超人のチョン・ウソンにバタンバタンと倒される様は、勧善懲悪ものの特有の"スカッとさ"までありました。

5.マルモイ ことばあつめ

マルモイ ことばあつめ(字幕版)

 5位には、独立運動ど真ん中の映画を選びました。大日本帝国は、朝鮮の人々に朝鮮語の使用を禁止し、日本語の使用を強制した歴史があります。そんな時に朝鮮語の辞書を作ろうとした人々を描いた映画「マルモイ ことばあつめ」(原題:말모이、2019年公開)です。

 韓国では、大日本帝国の支配に抵抗した人々は今の国の礎を築いた人たちでもあるので、関連の映画がよく作られます。大抵は有名な独立運動家が主人公であることが多く、時代と独立運動という共通点があるため、どうしても作品の雰囲気やストーリーの流れが似通ってしまう傾向があります。

 でもこの映画は、政治に何も関心がない元スリ魔で憎めない中年男性キム・パンス(ユ・へジン)が主人公で一味違う、独立運動映画としてお勧めでです。彼のキャラクターがとてもチャーミングで、セリフがウィットに富んでおり、独立運動をテーマにした作品は重くなりがちですが比較的コミカルでした。一応、実際にあった事件をモチーフにしてるのですが、ストーリーはオリジナルらしく、映画としてよくできていて後半ぼろ泣きでした。あとで調べてみると、監督はあの「タクシー運転手 約束は海を越えて」(原題:택시운전사、2017年公開)の脚本家のオム・ユナさんとのこと。どうりで!!と大満足の作品でした。特に、言葉がモチーフの作品なので韓国語を勉強している人たちならより楽しめるのではと思います。

番外編 PACHINKO

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  まだ完結していないので最終的な評価はできないですが、ぜひ見てほしい作品があります。AppleTVで配信中のドラマ「PACHINKO」(2022年、全8話)です。アメリカのベストセラー小説が原作で、日本統治時代に朝鮮から海を渡った家族の4世代の人生が描かれています。抑圧された朝鮮人・韓国人たちの悲痛な叫びを、現代と過去が交錯するように描いていて、韓国人の彼氏と見ながら毎週泣いています。あまり涙を見せない彼もボロボロ泣いているので、これを見て泣かない韓国人はいないのではと思ったほどです。

 AppleTVオリジナル作品とのことで、視聴者層は全世界を対象として制作された作品でしょう。「パラサイト」「イカゲーム」に続く韓国コンテンツと言ってもいいと思います。そのため、「PACHINKO」では、この手の作品によく出てくる"お約束"が世界中の視聴者向けに丁寧に描写されています。その丁寧さがとてもいいのです。そこから、息苦しい植民地支配の空気がダイレクトに伝わり、植民地支配の残虐性を浮かび上がらせます。世界で飛ぶ鳥を落とす勢いの韓国コンテンツの文脈で、「パラサイト」の次に「PACHINKO」を見た日本人視聴者はきっと衝撃を受けるでしょう。
 また、制作側もさることながら、作品を支えている俳優たちの演技が素晴らしいです。映画「ミナリ」(原題:Minari、2020年公開)でアカデミー助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンが老年の主人公を演じており、有名どころで言えば、イ・ミンホも登場します。主人公の若い頃を演じるキム・ミンハの目で語る演技も見ごたえありです。

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日本人留学生がソウル新聞に載るまでの話

「先輩、怖くないですか?」

 窓の外で行われていたイベントやデモのことを指して、彼女は確かにそう言った。2019年3月1日。韓国の人々が大日本帝国からの独立を叫び始めてちょうど100年後の光化門のカフェだった。

 そのほんの30分前、私は彼女が怖いと言ったイベントに参加し、広場の真ん中で韓国人と一緒に旗を振っていた。そうねぇ。言葉を濁して紅茶をすすった。知らなければ怖いかもね、と後には続けなかった。

 英語で韓国留学をしている彼女は、三・一独立運動を記念する日に光化門駅前の大型書店に洋書を買いにきていた。外務省のサイトに登録していれば、在韓日本人には光化門に近づかないようメールが来ていたはずだ。見なかったのだろうか。それとも大丈夫だと思ったのだろうか。
 日本外務省から3・1節と光復節の度に送られてくるメールは“危険回避”よりも“不快回避”の意味合いが強いと私は思っている。現代の韓国で日本人だからとデモ隊に襲われることはないからだ。デモを偶然見かけた日本人が不快に感じる確率のほうが、ずっと高い。

 韓国に住んだり、韓国関係のコミュニティに所属したりすると、日本で生まれ育った人は多かれ少なかれ日韓の歴史認識の差に違和感を抱くだろう。友人との会話の中で、学校の授業中に、はたまたテレビや映画を見ていて......。植民地を“支配した国”と“支配された国”という、それぞれの立場から生まれた認識の差は、日常の小さなつまずきとして予想より多くの場所に転がっている。

 そんな“つまずき”に足を取られた時、人によっては「どうしてあんな言い方をするんだろう」と疑問に思ったり、「私は悪くない」と一瞬怒ったりするかもしれない。だが、だいたいは忙しい日々に引っ張られ、すぐ忘れてしまう。小石が動かさない限りずっとそこにあるように、忘れた頃にまたつまずき、「そういえばここにあった」を繰り返すだけなのだ。

 でも、幸か不幸か学生の私には好奇心があった。留学生になってからは時間があった。他の人よりちょっぴり行動力がある私は、この「なぜ私が不快な思いをしなければならないのか」という疑問に向き合い、スッキリしない歴史認識の差を埋めるために当時ソウルを駆け回っていた。その日も市民活動家のオンニ(韓国語で親しい年上の女性を指す)にくっついて、いろんなイベントを回り、歴史の息吹を肌で感じようと外務省の優しいメールを無視して光化門にいたのだ。

 私は運よく疑問を解きほぐしてくれる人たちに出会えたので、知らないことから来る恐怖を取り除くことができた。また、一応韓国語ができたため、彼らの主張を聞き取ることができたし、無知な学生であることを盾に「どうして?」「なぜ?」と彼らに質問できた。反対に「日本人はどうなの?」と聞かれた時は、「日本人全員が私のように考えているわけではない」という前置きをして、思ったことや考えをたどたどしい韓国語で相手に伝えることができた。

「でも、それができない人はどうするのだろう」

 彼女と別れた帰り道に、この前抜け出したばかりの生温かい恐怖を思い出してみた。目の前にある違和感の正体を知ることができない。知る方法があったとしても、言葉が分からなかったり時間がなかったりで、情報を手にすることができない。彼女は、私が日本で所属していたサークルの後輩だった。日韓関係の勉強会でたまに見かけたので、おそらく歴史に興味がないわけではないはずだ。でも留学という限られた時間で、時折つまずく石ころを避けるためだけに、わざわざ1つの言語を獲得したり当事者に会いに行ったりはしないだろう。だって彼女にも、そして誰にでも、私の好奇心と同じくらい大きな “留学でやりたいこと”が、きっとあるのだから。

「せめて、知りたいと思った人だけでも、歴史に手軽に触れられる環境があればいいのに」

 そう思って、自分で作ることにした。彼女のように、政治的な行動を怖がったり、日韓問題から距離を取ってしまう日本人留学生はたくさんいるだろう。政治を語ることがタブー視される日本で育ち、都会の特殊な地域に住んでいなければデモを実際に見ることもない。私も韓国に行くまで、ニュースでしかデモを見たことがなかった。K-popを含む韓流ブームのおかげで、韓国へ留学する日本人は年々増えており、調べると2019年時点で4000人の大台に乗っていた。(参照:韓国教育開発院) 日本からの留学生が増えれば、それだけ日韓の間でモヤモヤする人が増えるはずだ。

「それなら、日本人が歴史のモヤモヤを共有できるサークルを作ろう」

 そう思い立って、翌日にはサークルの名前まで決めていた。正式名称は「植民地の記憶の場所にみんなで行ってみよう会」、略して「みん会」だ。かつて韓国が日本と呼ばれていた時代にどんなことが起こったのか。それを知るために、ソウル近郊の日本統治時代に関連する場所に足を運ぶ。モヤモヤの原因に直接触れに行き、思ったことをみんなで共有するのだ。

 歴史の知識がない人でも気軽に参加できるように、活動は体験型のフィールドワークにした。フィールドワークと言っても、実際することは「行く・見る・聞く」しかない。難しいことはわからなくてもいい、ただ歴史に触れる体験を作る。討論や勉強会もしない。参加するのに予習も必要ない。参加者は、事前に出席代わりのグループチャットにスタンプを押して、集合場所に行くだけでOKだ。

 3・1節の日、光化門を走り回って確信したことがあった。韓国の市民団体の人たちは、あの時代韓国や韓国人に起こったことを日本の人たちに知ってもらいたいと思っている。日本を変える力を一番持っているのは、日本人だからだ。実際に会いに行くまでは、私も「怖い」という感情がゼロではなかったけれど、完璧な杞憂だった。聞けば、いくつかの博物館や施設では日本語でのガイドを無料で行っているという。これを利用しない手はないと思った。

 日本人がモヤモヤを共有することが活動の目的だったので、参加者が言葉を選んだり吐き出すのに躊躇しないよう、サークルの公用語は日本語にした。さらに、フィールドワークの感想を共有する時間では「絶対に否定しない」というルールを設けた。見聞きしたことを「どう感じるか」に正解は無いからだ。また、みん会自体は特定の主張を持った政治団体ではないので理念も掲げない。場所に行き、専門家に話を聞き、ただ参加者がモヤモヤを自分で言語化する。韓国人の友人の前では言えない悩みを、安心して共有できる場所を作る。それが、みん会のスタートだった。

 「今度こんな活動を始めるんだ」と周囲に言うと、意外にも参加したいという韓国人が多かった。あくまでも日本人のモヤモヤ共有がサークルの目的だったので、韓国人がいると日本人の参加者が委縮してしまうのではと心配した。だが、一言に韓国人と言ってもいろんな背景をもつ人がいる。歴史を扱う団体がメンバーを国籍で排除すべきでないと判断し、日本語が話せれば誰でも入会できるようにした。

 1人で始めたことだし告知も個人のSNSだけで行ったので、初回の活動に3、4人集まればいいほうだと思っていた。しかし、第一回目のフィールドワークには予想の4倍の14人が参加した。「みんな機会がないだけで歴史を知りたがっていたのか」と嬉しい悲鳴を上げながらバタバタと調整に追われたのを覚えている。

 1学期の間に、ソデムン刑務所、ナヌムの家、植民地歴史博物館、徴用工の記念墓地を巡った。参加者も毎回バラバラだったけれど、感想共有タイムで「参加してよかった」と聞くと素直に嬉しかった。また、感想としてみんないいことを言うので、議事録を書き起こしながら目に涙を溜めることもあった。

 活動を始めて何より良かったことは、色んな人に出会えたことだ。日本人留学生、韓国人学生はもちろんのこと、韓国で暮らしている一般の日本人の方や、活動に協力していただいた市民活動家、解説員、研究者の方々。留学生という身分を生かして「こういう活動をしたい」と言うといろんな人が縁をつないでくれた。結果的に日韓問題としてよく挙げられる慰安婦、徴用工、植民地支配という題材に1学期で触れることができた。協力してくださった方、参加してくださった方々にとても感謝している。また個人的にも、1つのコミュニティーを作り、活動をデザインするという経験はとても貴重だったし、何気にすごいことをやってたんじゃないかと今になって思う。
 私の活動を横で見ていた友人が、みん会を「種をまく活動」と表現したことがある。みん会を通りすぎていく人々が、それぞれ体験を一つ得て、誰かはそこから何かを始めるかもしれない。地味に見えるけれど、その始まりの種をあなたは撒いているのだと。本当にそうであったらいい。

 学期最後の活動を行った後、みん会のメンバーは30人ほどに増えていた。運営は私一人でやっていて、私の帰国と同時にみん会は解散するはずだった。「少しもったいないな」と思ったので、あまり期待せずに次の運営者を募ってみたところ、2人が手を挙げてくれた。

 気軽に参加できることがみん会の一番の特徴だ。活動のすべてが1回参加を前提に企画しているためメンバーの所属意識は低く、団体として人数は多くても熱心に毎回参加してくれる人は少数派だった。基本的に私が好きでやっていたので、2人が名乗り出てくれたときは「みん会を必要としてくれる人がいたのか」と感動した。ありがたや~ありがたや~と感謝の気持ちいっぱいのまま運営をバトンタッチし、私は日本へ帰っていった。

 今でも、みん会はソウルで活動を続けている。コロナのため2020年夏から活動を休止していたが、韓国で大学サークルの活動制限が解除されたのを機にこの春からまたメンバーを募集している。過去の活動記録は公式ブログで、入会希望や問い合わせはTwitterのDMにて受け付けている。ぜひ興味のある人は軽い気持ちでメッセージを送ってほしい。

 新聞にはいつ載ったのかというと、帰国後だ。日本と韓国の学期始まりのずれで長い夏休みを過ごしているところに、知人から講演の依頼が来た。日韓の新聞社記者の勉強会で、学生たちが今どういう活動をしているのか話してほしいというものだった。日本で所属していた日韓ボランティアサークルの代表に声をかけ、私もみん会の話をした。そのつながりで記者の方から取材を受け、私の人生初のインタビューが韓国語で掲載されたのである。

 新聞の発売日、ソウルにいた知り合いが10部以上買って日本に送ってくた。実家用と自分用の2部を手元に残して、あとは活動を共にした友人たちに送った。東京、愛知、茨城……宛先のちぐはぐさが不思議だった。歴史の場所を訪れるという濃い経験を共にしたので、ずっと前から知り合いのような気がしていたのが、帰国後住んでいる場所を見ると実際は違うようなのだ。

 つい先日、引っ越しをした。6年間付き合っている彼氏と同棲するためだ。さすがに2人の部屋にアイドルポスターを貼るのは気が引けたので、ポスターを入れていた額縁だけを持ってきた。何も入れないでおくのはもったいないと、整理していた時に出てきた例の新聞記事を試しに入れてみた。12人という大所帯のグループをしっかり囲っていただけあって、額縁は新聞紙を入れても半分ほどの余白が残った。

 額縁を立てると片方にずり落ちてしまう記事を眺めながら、私は安心していた。もしピッタリはまっていたら、過去の栄光のようにどこかに飾ってしまいそうだったからだ。結局、額縁は物であふれるクローゼットに入りきらず、今はリビングのギタースタンドの裏に立てかけてある。掃除の時にギターをどかすと、紙面びっしりのハングルの上にハルモニと撮ったみんなの写真が顔を出す。みんなといた2019年。走り抜けた春と夏。私の留学をそこでしっかりと刻んでくれている。

学生時代を韓国に捧げた私が仕事に韓国を選ばなかった理由

 4月に今の会社に新卒で入社して以降、就職について周りに報告するたびに、ほぼ毎回「韓国に関する仕事をすると思った」と言われた。そう言われるのも無理はない。留学を含めた私の大学5年間がほどんど韓国一色だったからだ。そんな私は今、韓国とは全く関係のない仕事をしている。仕事で韓国語は全く使わなし、韓国の会社と一切取引のない会社で働いている。しかし、仕事や会社に不満はなく、非常に充実した日々を送っている。今回は「韓国好きだし、韓国関係の仕事がしたいな」と漠然と考えている就活生のために(なるかどうかは分からないが)、私の就活の話をしようと思う。

 

 私が韓国にのめりこんだのは、高校3年生の冬だった。推薦受験で一足先に大学入試を終え、暇で仕方なかった私は"暇を持て余す人の終着駅"である韓国ドラマを本格的に見始めた。同じタイミングで2歳下の妹がK-popにはまり、あれよあれよという間にシナジー効果で二人とも韓流にハマっていった。私が大学に入学する春にはともに立派な韓流オタクとなっており、十数年来の仲の悪さはどこへやら、東京と実家で夜な夜な長電話をしては韓国芸能ニュースの話に花を咲かせた。

 私が入学した大学の学部では、第二外国語が必修科目だっため、中国語、フランス語、スペイン語、イタリア語、韓国語の中から選ばなければならなかった。就活で有利な中国語と悩みはしたが、結局「好きこそものの上手なれ」と信じて韓国語を選択した。韓国ドラマを字幕なしで見れるようになった今では、あの時韓国語を選択して本当に良かったと思っている。

 大学1年生の時から韓国語の授業を取り始め、同時期に取った歴史の授業で韓国現代史の底なしの悲劇に心を奪われた私は、専攻の文学とは別に、副専攻で朝鮮半島についても学び始めた。プライベートではK-pop好きの友人たちと遊び、長期休みに実施される韓国短期留学プログラムに参加するために、毎日バイト漬けの日々を送っていた。

 2年間ずっとそんな感じだったので、就職活動を始めた3年生の春の時点で、履歴書に書けることは「韓国語」くらいしかなかった。経済的な理由で韓国留学への道が絶たれていた時で、就活へのカウントダウンが始まり、私は分かりやすく焦り始めていた。

 

 「留学がダメなら仕事で」と韓国と関係のある仕事を探してみたが、少し調べると韓国関係の仕事に就くのは狭き門ということが分かった。何も就活対策をしてこなかった自分を恥ずかしく思い、元々無かった就活へのモチベーションをさらに削られた。「とりあえずみんなやっているから」という理由で、就活イベントに参加したり、インターンシップに応募したりしたが、これといった業界や会社に巡り合うことはなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 

「やっぱり、韓国留学に行こう。」

そう決めたのは、その年の夏だった。就職セミナーや会社説明会に行くたびに"やりたいこと"を聞かれたのだか、当時の私は韓国留学以外思い浮かばず、相手に合わせて嘘の答えを返すことにだんだん嫌気がさしていた。「本当にこれでいいのだろうか」と何度も自分に問い続け、出した結論だった。「適当に就活しても私の性格ではすぐ会社を辞めることになる」と判断し、就活と卒業を一年伸ばすことに決めた。

 

 大学を半年休学し、留学費用をなんとか工面した後、私はソウルへ旅立った。"一年先延ばし"と言っても、ただのモラトリアムになっては同じことの繰り返しになる。そのため、私は留学の間、一つの宿題を自分に課すことにした。それは「自分にとって"韓国"とはなんなのか」の答えを出すことだった。当時、私は"韓国"にハマって2年と少ししかたっていなかった。出会って間もない"韓国"にこだわりたくなる理由は何なのだろうか。留学すれば必然的に"韓国漬け"になる。その時自分がどう感じるのかをじっくり分析したかった。

 

 20卒の就活がひと段落した6月末、私は留学を終え、帰国した。留学前に自分に課していた宿題の答えは、きちんと出ていた。それは、「"韓国"は私にとって"目的"ではなく、"手段"だ」というものだった。

 

 留学の一年間、私はよく学び、よく遊んだ。韓国語も上達したし、韓国人の知り合いもたくさん増えた。しかし、韓国語を話し、韓国について学ぶ日々がこれまでになく楽しかったかと聞かれれば答えはNOだ。韓国文学の授業と同じくらい現地で取った日本文学の授業が面白かったし、日本語でも韓国語でもエッセイや評論を書く時が1番楽しかった。そして何より、留学中最も有意義だと感じる瞬間は、ソウルで立ち上げた日韓学生会の活動を企画している時で、特に韓国語を使う必要がない時だった。

 

 思い返せば私は、中学時代は映画脚本を夢中になって書き、高校時代は自作曲を作っては動画サイトにUPしていた。今まで映画や音楽、そして韓国が別々に好きだと思っていたが、それら全てが「アイディアを形にする」という行為だったことに、自己分析をして初めて気づいた。つまり私にとって「文章を書くこと」、「音楽を作ること」、「韓国関係のサークルを作ること」はアイディアを形にする"手段"であり、ゴールではない。私にとってゴールは「アイディアを形にすること」なのだ。もちろん一つ一つの"手段"に愛着はあるが、特にこだわる必要もない。そう気づくと、一気に私が目指すべき職業の形が見えてきた。

 

 そうやって"宿題の答え"を出してしまうと、2回目の就活を始めてから内定を獲得するまで、それほど時間はかからなかった。「アイディアを形にする仕事」を就職活動の軸にすると、職種は企画職か専門職に絞られた。お給料や残業時間などの労働条件から自分に合う業界を探し、ヒットしたのはIT業界だった。ITか!とはじめは驚きはしたが、よくよく考えてみれば今一番「アイディアで世界を変えている」のはIT業界だ。「私のアイディアでいろんな人の生活が良くなるかもしれない。」そう思うと、これからの未来に胸がワクワクしたりもした。

 

 無事、帰国の1ヶ月半後には第一志望の会社から内定をもらうことができた。私は今、IT会社でシステムエンジニアとして働いている。コロナ禍での入社以降、在宅勤務をしながら、人々の働き方を変えるシステムを作っている。新入社員でも、自分の希望した部署で自分のやりたいことができる今の会社は、とても私に合っていて、同僚の人達もみんな優しい。残業もほぼゼロで仕事も楽しいので、プライベートまで仕事のストレスを持ち込むことがない。お陰でこうやってブログを書いたり、気まぐれでYoutubeに動画を上げたりできている。今のところ満足、大満足だ。

 

 私の場合、「表面的な好きなこと」にとらわれず「本質的な好きなこと」を見つけて就活すると上手くいった。韓流が好きだったり、韓国語を学んでいたりするとついつい「"韓国"を仕事にしたい」と考えがちだ。しかし、"韓国"との付き合い方は何も仕事だけではない。趣味や友人、恋人関係だったり、いろんな選択肢がある。語学が得意でも「絶対に仕事に生かさないといけない」というわけでもない。私の場合、ドラマを見るときやオタ活をするときは十分知識や能力を発揮できているし、友人関係でもかなり恩恵を得られていると実感している。

 

 逆に、私の周囲で、韓国関連企業に的を絞って就活した人の苦労や、就職できた人でも仕事で悩んでいるという話を聞くこともある。特に、某大手韓国企業に就職し、"成功した"と留学経験者の中で噂されていた先輩から「仕事は生活のためだけにやっている」と聞いたときは衝撃だった。韓国関係企業に限った話ではないが、苦労して就職したのに仕事内容が合わないと入社後に気づき、すぐ転職してしまう人も少なくないのだ。

 

  個人的に、就活に失敗も成功もないと思っている。人生の中でどういう選択をし、選択の結果をどう受け止めるかは人それぞれだからだ。ただ、「あの時ああすればよかった」と後悔するタイミングは少ない方がいいとも思っている。仕事は人生の幸福度を決める重要な要素だ。今年の就活生たちは、コロナで先が見えない中でいろんな不安を抱えていると思う。私の就活の話が、どこかの誰かの少しのヒントになればと思う。

 若い世代は先人の知恵を踏み台にして、より良い人生を選ぶことができる。私のこの経験を、是非踏み台にしていってほしい。

 

螺旋階段

 

 東京の年の暮れ。今年もとうとう終わりに近づき、世間的には、堂々巡りで何も前に進まなかった2020年が過ぎて行こうとしています。

 表向きは「コロナで大変でしたね。」と年末の挨拶を言う私ですが、実際は不謹慎にも非常に充実した一年を過ごしていました。

 

 1月は、大人になって初めて本気で小説を書きましたし、2月は人生初めてのヨーロッパ旅行に行ってきました。3月はホテルバイトリストラのため妹のバイト先に転がり込み、4月はフルオンラインの新入社員研修で、仕事がこんなに楽なのかと驚きました。5月はITとの出会いで私の隠れた才能が開花し、6月には人生初(多分人生最後)のSNS開発を1人でやり遂げてしまいます。7月は第1希望の部署に配属され、順風満帆のOLライフをスタートし、8月は映画ドラマ読書三昧の日々を過ごしました。9月はインテリアに懲り始め、10月には押しかけインテリアコンサルごっこをして遊びました。11月は自炊での鍛錬の成果が出始め、ついに韓国フライドチキンをマスターしてしまいます。そして今月12月は死ぬまでにやりたいことリストの中の一つ、K-pop翻訳をYouTubeで始めました。


 大学まで必死に働いていた分、就職後は時間に余裕ができ、インプットする時間が増えました。大学の課題で吐き出すことだけを覚え、アイディアの泉は枯渇していましたが、今年は心臓から指先の細胞に向かって自分の内側が着実に満たされていくのを感じました。また、新しく始めた仕事は運良く自分の性に合っていて、お金と時間の余裕から来る精神的安定を人生で初めて手に入れました。今年の正月に今生の別れと知らずに離れ離れになった軍人とは、除隊とビザ発行問題を経て、無事師走の候に再会しています。


 今、こうして振り返ってみると、2020年は知らぬ間に自分の原点に戻ってきていた年だったように思います。読書、映画、ドラマと目まぐるしい日々を過ごし、小学生以来書かなかった小説を再び書きはじめ、錆びていたギターの弦を張り替えて、最近また弾くようになりました。

 もちろん、歌を歌う言語と好きな映画の話ができる友人が増えたこと、新しいことを一緒に挑戦してくれる相棒が隣にいることは同じではありませんが、今目の前に広がる風景を見ていると、好きなことをただ好きという理由だけでやっていた頃の感覚が蘇ってくるのです。


 気づけば、私の人生の目盛りも時間の分だけ進んでいて、来年四半世紀目を指そうとしています。見下ろせば過去の自分が、見上れば新しい時代が、見えてくるような人生25年目。今まで離れようとしても離れなかったものを中心に置いて、これからも続く螺旋階段を私は少しずつ登っていくのでしょう。そして、これからまた遠くを目指して歩き出し、しばらくして同じ風景を見に帰ってくるのでしょう。

 今年はちょうど2020。ここからはじめる歩みを、また1から数えてみようと思います。


皆さん、良いお年を!

 

軍人彼氏との逸話まとめ

noteに書いてる軍人彼氏との逸話をまとめました。

(ブログにインポートしてたと思ったらしてなかった。備忘録的にここにまとめておきます。)

 

ちなみに、兵役についてもっと知りたい方は、日韓カップル(軍人彼氏)カテゴリーの記事がおすすめです。

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日韓カップル(軍人彼氏) カテゴリーの記事一覧 - 20歳と38度線

 

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