20歳と38度線

K-popと政治問題だけでは語れない朝鮮半島について書いています。

5月18日に光州を歩く。

 一年前の5月18日、私は光州にいた。朝9時にソウルのヨンサン駅を出発してKTXに乗り、わずか90分で光州広域市に着いた。大学一年生の時からずっと来たかった場所だ。空が死者を悼んでいるのか、駅を出ると雨がしとしと降っていた。

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光州ソンジョン駅

 光州は、悲しい歴史が刻まれた場所である。1980年の5月18日、ここで光州事件が起こった。軍事政権下で民主化を求めた学生や市民たちが、自国の軍によって数多く殺されたのだ。腐敗した政治の下では堂々と人が殺されることを、私は大学一年生の夏にこの事件を通して学んだ。ただのKpopオタクだった私に民主主義とは何かを教えてくれたのもこの光州だ。その後、韓国の国民は光州事件の悔しさをバネに、民主化の道を進んでゆく。光州事件は、光州民主化抗争、光州民主化運動とも言われている。光州は血が流れた場所ではあるが、希望が始まった場所でもあるのだ。

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旧全南道庁

 光州事件を知ってから、私は光州というワードに対してかなり敏感になった。事件を知った衝撃はすさまじく、光州事件が題材の映画が公開されたら迷わず映画館に走ったし、過去の作品は図書館やネットで探して読んだ。光州事件は、韓国でかなり大きな歴史的事件として扱われているので、過去何度も作品の題材になっている。私が知っているだけでも、映画なら「ペパーミントキャンディー(原題:박하사탕)」、「光州5・18(原題:화려한휴가(華麗なる休暇)」「26年」があり、最近ではソン・ガンホ主演の「タクシー運転手」が話題を集めた。光州事件を描いた作品の中で私が特に好きなのは、ハン・ガンの小説『少年が来る』だ。日本語訳書籍の帯に書かれた「魂の鎮魂歌」という言葉のように、静かに心に響いてくる名作だ。フィクションに限らず、ドキュメンタリー作品ともなると、光州事件の関連作品は底なしに出てくる。それらを繰り返し見ていた私は、ガイドツアー中不思議な感覚に襲われた。

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道庁広場の当時の様子

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道庁の窓からの眺め

 午後2時からボランティア団体が行っているガイドツアーに参加し、5.18民主化広場周辺の施設を回った。初めてその感覚に陥ったのは、最後の銃撃戦の場所となった旧全南道庁の窓から広場を眺めていた時だった。「ここから銃を構えてじっと敵が来るのを待ってたんだ、、、」と、道庁の階段を上るときには「最後、ここを降りて逃げたんだよな、、、」と、隣にある武道館を見たときは「あぁ、あそこに死体を並べて、あの少年は死体を数えていたんだな、、、」と、まるで自分の中にある記憶をたどっているような、不思議な感覚だった。ガイドツアーの間中、現在と過去を行ったり来たりしているようで、まるで時間旅行をしている気分だった。

 

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広場に続く大通り

 一通り広場周辺を見学をし終え、記録館に移動するときも同じだった。大通りのステージでは、国に対して事件の記録をきちんと保管するよう要請する集会が開かれていて、それと同時に、大通りを練り歩く労働者のデモも行われていた。人々の叫び声や大音量の音楽が辺りに鳴り響いており、その喧騒の中で、各団体が出展する露店がずらっと並んでいた。

 移動中にガイドさんが「少し寄り道をしましょう」と言って、ある露店に立ち寄った。そこでは女性たちが手製のおにぎりを配っていた。簡単に丸く握ってのりで巻いただけのシンプルなおにぎりだ。「毎年、こうやっておにぎりを配るんです」とガイドさんがそっと教えてくれた。そして、その瞬間、目の前の光景が「タクシー運転手」のワンシーンと重なった。理不尽な軍部からの弾圧で、子供を、父を、母を亡くした人たちが、戦う者のために食べ物を分け与える姿だ。慣れた足取りで歩くガイドさんに必死でついていきながら、泣きそうな顔で私はおにぎりとたくあんを頬張った。喧騒とおにぎりが他人の記憶のフラッシュバックを起こさせたような、妙な感覚だった。

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涙をこらえて食べたおにぎり

 光州は、芸術の街でもある。あらゆるところにおしゃれなカフェや雑貨屋さんがたくさんあり、個展の看板もよく見かけた。

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ふらっと入った個展

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おしゃれなチョコパイ屋

 

 旧道庁の裏には美術館や劇場が集まっており、すべてを合わせて国立アジア文化殿堂と呼ばれている。光州事件についての博物館もこの中に入っており、芸術家が作った視覚や聴覚に訴える作品が、事件資料と共に展示されていた。

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オブジェ

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祈りのオブジェとアジア文化殿堂

 道庁と広場を歩き回り、疲れが全身に回ってきた頃、ガイドさんが気を利かせて無料のコーヒー展覧会に案内してくれた。モダンな作りの美術館でドリップコーヒーを飲みながら、ガイドさんは少し自分の話をしてくれた。

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展覧会

 彼女は光州事件の時、中学生だったそうだ。実際に運動に参加していたわけではないが、当時のことはよく覚えていた。そして、大人になってガイドボランティアのことを知り、多くの人に光州で起こったことを知ってほしいと活動に参加するようになったそうだ。

 今回私がガイドをお願いしたのは、光州都市旅行庁の「五月の道」という団体だ。光州には無料で歴史ガイドを行ってくれるボランティア団体がいくつかある。団体の予約が優先されるため、もともとは他の団体に混ざって話を聞く予定だったが、団体予約がキャンセルになったとのことで、なんと私と友人たちの四人に一人のガイドさんがつくことになった。質問もできたし、優しく解説してくださったのでとてもありがたかった。「五月の道」は日本語のガイドも行っているそうなので、ぜひ光州に行くときは利用してみてほしい。

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博物館のオブジェ

 それまで、きれいな博物館が建てられていてすごいなと感心していた私だったが、ガイドさんによると全く良くないらしい。前の朴槿恵政権の時に、光州事件の中心地だった旧道庁がリモデリングされ、実際の銃撃戦の跡もすべて消されてしまったそうだ。正しく歴史が保存されていないと彼女は憤っていた。自分たちのこととして話す彼女を見ながら、私は事件がそう遠くない過去に起こったことなのだと気づかされた。歴史の教科書で事件を習った私は全く実感がなかったが、確かに光州事件の歴史の証人たちはまだまだ現役なのだ。

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日本語で刻まれた石碑

 ガイドさんと別れて、ゲストハウスに荷物を置いた後、友人たちと夜景を見に行った。戒厳令が敷かれてた40年前は、きっと辺り一面真っ暗だっただろう。しかし、私たちの目の前には当時とは全く違う、地方都市光州の姿があった。繁華街のネオンが遠くに見え、立ち並ぶ高層マンションに明かりがたくさんついていた。きれいだ、と素直に思った。満月の光にも負けない力強い光だった。

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光州の夜景と月

  夜景を見に行った帰り道、静まった錦南路に立ち寄った。昼にデモや集まりが行われていた光州のメインストリートだ。週末の交通規制のため車の往来はなく、オフィス街に当たるので、夜は人通りもまばらだった。まるで、街を一人占めしたような解放感に、私たちは思い思いに記念写真を撮り始めた。 

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たぶん、当時もこうやっていたはず

  今振り返ると、大学一年生のときから始まった光州事件に対する特別な感情は、ある種の憧れだったのだろうと思う。当時から短くない時間が流れ、だんだん自分の中で整理がついてきた。抑圧の中で懸命にあがき、現実に対抗しようとした人々の姿が、当時の失望感でいっぱいだった自分の心とリンクしたのだろう。つぶされてもつぶされても必死に立ち上がろうとする姿に、私もこうありたいと強く胸を打たれたのだと思う。光州事件を知って4年後。時間はかかったが、韓国留学をして、実際に光州の土を踏むことができた。地面に踏ん張った足のたくましさが、40年前の彼らに少しでも近づいていればと、この文章を書きながら願うのである。

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夜まで行われていた集まり

  静かな錦南路をまっすぐ歩いていくと、最後の交差点で若者たちが歌を歌っていた。しばらく聞き入っていたが、明日の朝も早いことを思い出し、ゲストハウスに戻ることにした。夜の光州に響き渡る自由の歌を聞きながら、私たちは来た道を戻っていった。

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広場の時計塔

 歴史の場所を訪れると、二ついいことがある。歴史が今とつながっている現実だったことを実感できる。そして、過去としての歴史に自分なりの1ページを重ねることができる。多くの市民の血が流れた道庁前は、市民の憩いの場になり、私の中で光州は悲しい歴史の場所ではなく、おしゃれな地方都市に変わった。

 しかし、変わらないものもある。光州の人々が抱えた歴史の痛みと、人の死の重さだ。広場にある時計塔が、あの時と変わらぬ単位で一分一秒を刻んでいるように、おそらくそれらはこれからも変わらないだろう。きっと、変わらせてはいけない、そう思っているから、毎年5月18日に光州の人々は広場に集まるのだ。

 

 明日は、自由公園と5・18民主墓地に行く。ガールズトークもほどほどにして、私たちは眠りについた。

 

 

 

VRでK-popを見る時代がすぐそこまで来ているけれど

 昨日、EXOというグループのライブに行ってきた。兵役に2人メンバーを送り出し、6人でのツアーだったが、相変わらずスケールが大きく、カリスマ性の溢れたライブだった。

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コンサート当日の横浜アリーナ

 私の席は、アリーナを挟んで正面1階席8列目だったのでステージからはかなり距離があった。双眼鏡を覗き込まないと誰が誰なのか確認できないくらいの距離だ。私の推しであるEXOが世界的大スターなのでこれくらいなら運がいい方だ。東京ドームで1階席の一番後ろの席になったときは「ファンクラブ会員なのにここか……」と心の声が漏れたこともあった。

 もちろん、コンサートでは後ろの席の人も失望しないように演出として様々な仕掛けがある。後方にステージを作ったり、サインボールを遠くに飛ばしたりなどがそれだ。今回のコンサートでは、長い花道に加え、1階席すぐ手前の通路をメンバーがスクーターで滑走するという演出があった。望みの薄かった後方席のファンは嬉しい悲鳴で包まれた。しかし、肉眼で表情が確認できるほど近くに来たのはほんの一瞬で、本当に一瞬すぎて今振り返るとその記憶でさえ幻だったのではと思えてくる。 

 「欲を言っても仕方ない」と公演中は、一生懸命双眼鏡のピントを合わせていた。円形の花道をぐるぐる移動する彼らにピントを合わせるのに、初めは苦労したが、じきに慣れた。双眼鏡を覗き込みすぎて公演後は、少し遠くのものが見えづらくなった。視力を回復させようと、夜空を見ながら駅へと歩いている間、「せめてこの双眼鏡が、VRグラスならなー」と思っていた。

 VRが実用化されはじめてもう1年くらいたつだろうか。ゲームでは一般的になったもののまだライブ鑑賞の世界には進出していない。

 2ヶ月ほど前、VRグラスを買った。専門的なものではなく、スマートフォンをセットして見る簡易的なものだ。私は、Produce Xというアイドルサバイバルゲームのパフォーマンス映像を見ようとしてた。SKTという韓国の通信会社がアイドル番組とコラボして、まさに”新世代のK-popの楽しみ方”を提案しようとしていたのである。しかし、VRグラスを買ったはいいものの、よくよく説明を読んでみると映像を見るには5Gの通信網が必要とのことだった。「仕方ない」と日本には5Gがないので断念するしかなかった。

 安物ではあるが、せっかくVRグラスを買ったのだからとYouTubeでちょっと遊んでみた。最初はVR用の映像を検索して見ていたが、ひょっとしたらと思い、普通の音楽番組のパフォーマンス映像を見てみた。最近、YoutubeにもVR機能が追加されて、普通の映像でもVR仕様で見れるようになったのだ。予想は的中、推しが踊る様子を顔を覆うほどの大画面で見ているようで、テンションが上がった。

 しかし、一つ問題があった。画質である。スマートフォンをVRグラスにセットして見る場合、画面を右目と左目用と二つに分ける。よって、映像の大きさは元の映像の4分の1にってしまう。画質もその分下がり、1080pで見ていても、鮮明さが感じられなかった。もっと綺麗に見たいと思って1320pに画質をあげると、今度は映像の容量が重くなり、家のWi-Fiではすぐ映像が止まってしまう。4GではVRを快適に見ることは出来ないのだ。だから5Gが必要だったのか、とそのとき初めて納得がいった。

 VRの画質を諦めると同時に、「もし、5Gが実現したら」と考えるといろんな未来が見えてきた。アイドル業界は特にVRとの親和性が高いのではないだろうか。VRが日常的に見られるようになれば、パフォーマンス映像をVRで見られるだけではなく、コンサートの形も変わるかもしれない。

 最前列にVR撮影カメラをセットして従来の公演を配信する。運営側は、VRカメラ用に数席準備するだけで、配信分をさらに儲けることができるし、利用者は最前列からの景色がを家でも見られるようになるのだ。

 もちろん、家だけなく、コンサート会場で見てもいいと思う。席がステージから遠い人の場合、VRで推しを近くで見ながら、その場の臨場感を感じることができるようになるというわけだ。

 いろんなアングルのカメラを用意して、見ている側が手元のスマートフォンでアングルを選択できるようにするのもいいだろう。1人のメンバーをずっと追っていたい人用には〇〇くんカメラをすっと見てる方が幸福度が高かったりする。

 また、地方に住んでる人は、VRライブの登場によって、移動費や宿泊費が浮くことも考えられる。他にも、独特の演出のためにVR専用のライブを開催する時がくるかもしれない。

 そして何より、普段のインターネットライブもVRですれば楽しいこと間違いなしだろう。K-popのアイドルたちはファンと交流するインターネット放送を定期的に行なっている。その映像が3Dになり、より近くでお顔を拝められるかと思うと、お得感しかない。無料のインターネットライブがVR化するのは有料ライブの次の次の次くらいだろうが、スマホでVR映像を撮れるようになる日もそう遠くはないのだから、時間の問題だろうとも思う。

 韓国では5Gがすでに始まっている。私も、留学中に一度5Gの体験をしてみたのだが、快適この上なかった。イベントとなればあちこちで無料のVR体験が出来たし、ソウルの街を歩けば、VRカフェやVRゲームの看板を目にするのは1年前でさえ、別に珍しいことじゃなかった。

 K-popのVR化はもうそこまで来ている、と同時に日本でそのサービスを享受するにはもう少し時間がかかるんだろうな、と私は思った。もし、来月からK-popのVRのサービスが始まったとしても、それを見るには韓国に行き、5G通信の契約をしている友人に携帯を貸してもらう他ないのだろうなとも。

 双眼鏡で失われた視力を回復させている間に、私はそんなことを考えていた。ただ歩くだけでは暇なので、夜空を見るついでに星を探していたが、横浜の空に星は1つも見えなかった。街の明かりが雲に反射して明るいせいだろうか。

 

ソウル大学の寮と1人暮らし

 2018年から一年間韓国のソウル大学に留学しましたが、1学期目は大学の寮に、2学期目は寮を出て一人暮らしをしました。そこで、今回は、ソウル大学の寮はどうだったか、なぜ寮を出たのか、どうやって現地で家探しをしたのかを簡単にまとめたいと思います。

ソウル大学は寮費がとてつもなく安い

 私がソウル大学に留学した理由はいくつかありますが、その中でも「ソウルにある大学で一番寮費が安かったから」というのがあります。驚くことに"1学期で55万ウォン〜86万ウォン"(日本円で56000円〜86000円程)という超破格です。 ひと月ではなく1学期(4ヶ月)の値段というのが驚きです。他のソウル圏の大学の寮費は"月に50~100万ウォン"くらいなので、ソウル大学の寮費はずば抜けて安いのが分かります。ソウル大学が国立大学のため、ここまで安くできるのではないかと思います。

 

寮の設備は?

最近まで2人部屋のみだった

 私がソウル大学にいた2018年の春学期までは、寮には1人部屋がありませんでした。私の生活した棟は、個室を2人で使い、リビング、洗面台、洗濯機、シャワー、冷蔵庫などを6人で共有するタイプでした。棟によって部屋のタイプは違いますが、2人部屋を基本としているのは同じで共有スペースを何人でシェアするのかが違うだけになっています。詳細はソウル大学寮の公式ホームページで確認できます。

 2人部屋は、本当に狭かったです。自分のスペースはベッドと机のみで、隣のルームメイトのベッドとの距離は人一人分。ベッドの間で2人がすれ違えませんでした。

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ソウル大学の寮の設備

2019年秋から国際寮が開館!

 2019年秋学期からは国際寮が新設され、1人部屋も選べるようになりました。また、それまでは部屋数が足りず、留学生でも部屋の抽選に落ちることがあったらしいですが、今は申請すればほとんど入居できるようになったそうです。


カラオケもチキン屋もなんでもある。

 ソウル大学の寮には、生活に必要なものが全て備わっていると言っても過言ではありません。学生食堂が寮内にあり、安くて美味しいご飯がすぐ出てきました。自炊する手間が省け、楽なので毎日利用していました。

 また、院生の寮の広場にはカラオケやジム、カフェ、文房具店もコンビニも、美容室まで揃っています(学部生ももちろん利用可能)。チキン屋もあるから驚きです。クリーニング屋や交番もあるのでほとんど町のようでした。ただ、唯一スーパーだけはなかったので、野菜や果物が食べたくなった時は駅前にあるスーパーで買っていました。

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ソウル大学寮にある美容院

ソウル大学寮で気をつけること

ルームメイトが超重要

 私が一番苦労したのがルームメイトでした。短期留学の時は初めて会う人と2人部屋で問題なく過ごせたので、今回も大丈夫だろうと思っていました。しかし、1学期目に一緒の部屋になったのがペルーからの留学生で、運悪く、とても神経質な人でした。

 どうしようもない生活音を注意されて、毎日ストレスが溜まりました。できるだけ一緒にいる時間を減らそうと、リビングや自習室で過ごしていましたが、気を抜いてゆっくりできる時間がないことが精神的に辛かったです。かなり癖の強い人と当たっても大丈夫くらいのメンタルを持つ人以外は、2人部屋にする場合にルームメイトというリスクがあることを頭に入れておいた方がいいと思います。

 ソウル大学には、寮に入りたいけどルームメイトが心配という人のためにいくつか制度があります。申請する時にお互いに友達の名前を書いておけばルームメイトになれる制度や、朝型や眠りが浅いなど条件を設定しておけば(大まかな条件だけではありますが)自分にあった人とマッチングしてくれる制度があります。私も最初から知って入れば利用したのですが、知らなかったので利用できませんでした。

 後半、ルームメイトとの生活に限界を感じたので、部屋の班長や先生に相談しました。先生曰く、個室がかなり狭いのと、ルームメイトのマッチングが事実上ランダムで行われているために、かなりのペアがトラブルを抱えているそうです。私の隣の部屋の班長も実はルームメイトと仲が悪いと聞いて驚きました。同じリビングを使う6人の仲も正直、良いとは言えませんでした。新しく1人部屋のある国際寮ができたのは、学生からの強い要望があったからかもしれません。

 ルームメイトとの相性が悪い時は、部屋を変えることもできたそうです。しかし、聞き取り調査やミーティングなど1ヶ月ほど時間がいるということだったので、私は残り2週間絶え抜いて、学期が終わったらすぐ寮を出ました。今は新しい寮が新設されて空き部屋も多いでしょうから、すぐ移動できるかもしれません。私は責任者に相談するのが遅くなりましたが、部屋を変えるならできるだけ早く相談するのがいいと思います。

 

一人暮らしについて

部屋探しは自力でやった 

  引越しを決めた私は、不動産に頼むと契約手数料などが取られるので、インターネット上で検索して、良さそうな物件の管理者に直接電話をかけました。時間が空いている時に実際に部屋を見にいったり、一人暮らしをしている友達に相談したりしました。結局友達が住んでいるワンルームテルに空き部屋があったので、そこに入居することになりました。

  私は、契約書を読めるくらいの韓国語の実力と日本で2回ほど家探しをした経験があったので、韓国の不動産について少し調べた上で自分で探すことにしました。韓国語も話せなくて不動産のこともよくわからないという人は、ソウルでの部屋探しをサポートしてくれるお家コリアなどのサービスを利用してみるのもいいと思います。

保証金なしの光熱費込みで月50万ウォン

 私が入居した部屋はワンルームテルという形式で、部屋にシャワーとトイレ、冷蔵庫、テレビがあり、キッチンと洗濯機が共有という形でした。乾燥機も有料でありましたが、韓国は日本よりも空気が乾燥しているので部屋干しでも洗濯物が十分乾きました。

 通常韓国でワンルームなどの部屋を借りるとなると、日本の敷金にあたる保証金を数十万円分大家さんに預けなければなりません。しかし、ワンルームテルやコシウォンの場合、月額の支払いのみで入居できるので、お金のない留学生にはありがたかったです。実際、ソウル大学から歩いていける距離にあるワンルームテルにはソウル大学の学生の入居者が多いようでした。

 写真では狭く見えますが、寮の時より自分のスペースが2倍になったように感じました。陰口を叩くルームメイトもいないし、2学期目は本当に快適でした。また、キッチンで雑穀ご飯とラーメンとキムチが無料で提供されていたので食費とご飯を作る手間をかなり削ることができました。

 私が住んでいたワンルームテルは、ソウル大学入り口駅とソウル大学のちょうど中間地点に位置し、立地も良かったのでかなり満足しました。清潔感のある部屋とこれだけの設備で、光熱費込みの月50万(約5万円)ウォンというのはかなりいい物件だったと思います。

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一人暮らしをした部屋

何かとストレスの多い留学生活で家選びはとても大切

 1学期目は、家を「ただ安い」という理由で安易に寮にしてしまったためにかなり大変な思いをしました。留学生活は何かとストレスが多くかかるので、出来るだけ家ではストレスフリーに過ごせるように最初から気を配ればよかったなと思います。

 韓国だけではなく英語圏も含め、留学で1番大事なのはルームメイトと言っても過言ではありません。留学に行った私の友人たちは、やはり多かれ少なかれルームメイトで悩んだ経験があるようでした。

 本当にどんな人とでも暮らしていけるという人には、激安で設備が良いソウル大学の寮をお勧めします。しかし、そうでない人はルームメイトが合わない場合、4ヶ月間ずっと耐えなければならないのでかなりリスキーです。私は、自分で稼いだ限られた留学費用で留学していましたが、2学期目どうしようか悩んだ末、「お金で解決できることはお金で解決しよう」という考えに至りました。今では、ソウル大学の寮を出て正解だったと思っています。引っ越し後、1人部屋がこんなに楽なのかと感動した時、いくら経済的に豊かではなくとも、お金をかけるところはかけるべきたという人生の教訓を学びました。

 

 

日韓関係が最悪でもソウル旅行はとっても楽しい。

先週の水曜日から1週間、韓国旅行に行ってきました。

 

遠距離恋愛の定期検診で、兵役に精を出しているイケメンに1ヶ月ぶりに会いに行ったのです。

 

「明日から韓国行ってくるわー」と家族ラインで言うと「今、行っても大丈夫なの?」と母から心配されました。

 

中年主婦層へのテレビの影響力はすごいなーと感心しつつ、

 

「うんうん、(いつも通り)気をつけて行ってくるね~~」とラインで返信しました。

 

バイト先の同僚からも、なんなら韓国留学経験者の友達にも心配されましたが、いたって普通の韓国旅行でした。

 

美味しいソウルグルメを食べ尽くし、爆笑の韓国演劇を見て、広大な地下商店街で迷い倒す、いつもの韓国旅行でした。

 

日本の嫌われ具合はと言うと、

 

大学路の日本食屋は開店20分前から長蛇の列で、日本式海鮮丼屋は満席の大盛況。

 

今回はほとんど日本語で話していたけれど、道で話していても全く睨まれなかったし、変な人が声かけてくることもありませんでした。

 

確かに、ニュースでよく見る「NO JAPAN」ステッカーがバスの座席に控えめに貼ってあったりしたけど、それって特定の団体が「日本製品を扱いません」というシンプルな意思表示だし、

 

バスの乗車拒否とか、お店の人がものを売ってくれないとかは全くなかったです。

 

「NO JAPAN」は「NO JAPANESE(日本人)」ではないので、 韓国にただ旅行に行くことに関しては、全く不安になる必要はないと思います。

 

私としては、日韓関係の悪化がいい方向に働いたこともありました。

 

それは、航空券の価格がとっっっっっっっっっても安かったこと。

 

前もって買った時は往復12000円でしたし、個人情報の入力ミスで前日にチケット取り直すことになったけれど、

 

なんと往復17000円で買えました。

 

前日購入で2万円以下はもう伝説……。

 

韓国での不買運動で韓国から日本に来る人が減ったため航空チケットの価格が安くなったようですが、

 

その代わりに、チケットの安さから韓国にたくさんの日本人が訪れているようでした。

 

「日本人少ないのかな~~」と思いながら成田空港に向かいましたが、なんてことはない。

 

仁川空港でもホンデでもカンジャン市場でも、ソウルの至る所でたっっっっっっっっくさん日本人の方を見かけました。

 

特に今回はホンデ(めっちゃ観光地)に泊まったので、日本語が聞こえない日はないほど毎日日本語を聞きました。

 

世界遺産のジョンロを訪れた際、私がガイドさんと話し込んでいる隙に、彼氏が学生のインタビューに捕まっていましたが、

 

「最近日韓関係悪いですけど、彼女との関係に支障はないですか」

 

と聞かれ、

 

「それはないです」

 

と即答したそうです。よくやった。

 

逆に、今回の旅行で一番苦しめられたことは、韓国のモツ鍋屋さんで調子に乗って「辛い味(韓国の辛い味は、日本で言う食べたら死んじゃうよ味)」を頼んだことですかね。

 

そんな感じで1週間を終えて、

 

帰国した日の夜、日韓の記者さんたちの勉強会に出席させていただいたのですが、

 

「最近の冷え込む日韓関係の中で……」

 

というフレーズが何回も出てくるのを聞きながら、

 

新聞とテレビの作りすぎかなぁ、と心の中で思っていました。

 

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韓国旅行で私の胃袋に収まった食べ物たち

 

【1年間分】韓国留学でかかったお金全部言います

 今回は、留学2学期目にかかった費用をまとめました。後半で1年間の合計費用を発表したいと思います!また、留学費用を自分でどうやって準備したのかもまとめているので、よかったら参考にしてみてください。少しでも、経済的な理由で留学に行こうか迷っている人たちの助けになれればなと思います。

 私は休み期間は日本に帰国していたので実質約8ヶ月しか韓国にいなかったことを先にお知らせしておきます。前学期の留学費用については半年前に下の記事にまとめているので、あわせて読んでみてください。節約術はこっちに詳しく載せてます(笑)

 

 

hyun-nako.hatenablog.com

 

 

2学期目の出費は合計56万円!

 留学2学期目の支出をまとめてみました。

<2学期目(2月末〜6月)の支出>

家賃      20万円(1ヶ月5万円)

携帯      2.2万円(1ヶ月5500円)

飛行機(往復)3.8万円

旅行 光州   2万円

         独島  4万円

   水原(日帰り)7000円

   チョンアン(日帰り)8000円

宅配    2万円

食費&交際費 21万円(1ヶ月 約5万円)

合計    56.5万円

 

 一人暮らしの家賃 

 1学期目は激安の寮に住んでいたのですが、2学期目は寮を出て一人暮らしをしました。寮を出た理由はまた別の機会に書く予定です(かなり苦労しました……)。

 一人暮らしの家の家賃は光熱費込みで1ヶ月50万ウォン(約5万円)でした。私が借りたのはワンルームテルという形式の部屋で、個室に冷蔵庫、シャワー、トイレがあり、キッチンと洗濯機、乾燥機が共用でした。1学期目は生活費が4ヶ月で33万円だったので、家賃が高くなった分合計費用が高くなっています。

一人暮らしの食費

 一人暮らしでは自炊をほとんどしませんでした。スーパーでお惣菜やスープを買って家で食べてました。共用キッチンでラーメンやお米などが無料で提供されていたので食費は安く済みました。

節約しなかった携帯代

 携帯はチャージ式のSIMカードでした。Wi-fiがない場所でもインスタグラムやツイッターを見ていたので、1ヶ月に2GB以上使うこともありました。通信量が少なくていい人はもっと安く済むと思います。

国際郵便は高い 

 飛行機代の他に宅配代がかかりました。これは、帰国するときに韓国から日本に荷物を送った時の輸送費です。国際郵便だったのでダンボール1つ5000円ほどして、とても高かったです。

今学期も旅行にたくさん行った

 1学期目同様、2学期目もたくさん旅行に行きました。光州、水原、独島、チョンアンに行きました。日帰り旅行だったり、友達とゲストハウスに泊まったりしたので旅費はそれほどかかりませんでした。

 交際費がとても安く済んでいるのは、週末出かける場所が博物館や公共の施設だったことが大きく関わっていると思います。サークルの運営などもしていたので先方との打ち合わせでご飯を奢ってもらったり、週末の時間の使い方が1学期目とはかなり変わったのも関係していると思います。

 

留学費用はどこから?

 留学費用としては、給付型と貸与型の奨学金で月13.4万円をもらっていました。5ヶ月(月をまたいでいたため、5ヶ月分もらうことができた)で合計67万円でした。寮を出て、一人暮らしをしてもギリギリ奨学金で賄うことができました。

 留学費用はもしものために、ある程度余裕をもって準備しなければなりません。私は、留学前に日本でアルバイトをして留学費用を貯めて準備していました。

 私は韓国でアルバイトをしていません。もちろん、私の知り合いに日本人留学生で韓国でアルバイトをしていた人もいました。お金に余裕がなく、時間に余裕がある人は社会勉強も兼ねてやってみるのもいいと思います。私は、時給の高い東京で一生懸命バイトをして、韓国では自分のやりたいことをしようと思い、バイトをしませんでした。

帰国後のお金

 帰国後に東京の家を探すためにお金を残しておきました。帰国までが留学なので、くれぐれも計画的にお金を使っていきましょう。

 

1年分の留学費用は108.5万円!

留学費用の合計は

1学期目 52万円(留学準備費19万円、1学期目生活費33万円)

2学期目 56.5万円

合計 108.5万円

でした。この中に留学中の学費は含まれていないので注意してください。

 私は交換留学で留学したので、留学中の学費は日本の大学に支払っていました。余った留学費用は、留学のために延長した大学の学費に当てる予定です。まだあと少し足りないので、これからバイトをして貯めようと思います。

「経済的に留学させられる余裕がない」と親に断られても

「経済的に留学させられる余裕がない」と親に断られても、半年大学を休学してフリーターをしながらお金を貯め、もともと生活費のために借りていた奨学金と国からの留学給付奨学金で私の留学はなんとかなりました。

 私は、お金が原因で諦めるのはなんだか悔しくて意地でも自分でお金を貯めて留学に行きました。そのおかげで「自分でお金を準備した分、無駄にはしない」と勉強にも身が入りましたし、何事にも全力で取り組めたと思います。

 「もともと生活費を奨学金で借りていたくらいの学生が、頑張ったら自費で留学に行けた」というかなり珍しいケースだとは思いますが、私の留学を一例として、自分の留学計画の参考にしていただければと思います。

 

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就活が心配で留学を迷っている人へ

 3、4年生で留学に行きたいと思い始めた人にとって、大きな壁となるのが就職活動です。卒業を1年延ばすか、就職活動を諦めるか、留学をしないか……。私も大いに悩みました。私の選択が少しでも留学と就活に悩む人の力になればとここで共有したいと思います。 

 

就活のスケジュールと留学が完全に重なった

 2020年卒までは就活のスケジュールというのがあり、解禁日や内々定を出していい時期などが決まっていました。通常、12月から本格的に企業説明会が始まって、3月1日からエントリーシート提出が始まり、順に面接をして行くという流れでした。私は、インターン真っ盛りの9月から留学を始め、同期の就活が終わる6月末に帰国しました。

 留学が大手企業の就職活動のスケジュールとまるまる被っていたため、中堅企業を中心に考えなければならないというのは、3年生のときに留学に行きたいと思い始めたときから頭の片隅にありました。 

 私の場合、このまま就職活動を始めてもきっと「留学に行っていればまた違ったかもしれない」と留学行けなかった挫折を引きずるだろうと考えたので、留学に行くことをまず第一に考えるようにしました。

「大手は行かない」という判断をするまで

 留学の出願後は大手企業を諦める方向性で就活を考えていたのですが、やはり自分の中で最初から大手を全く考えないことに不安はありました。12月からの冬休み期間に一時帰国をして冬のインターンシップに参加したり、自己分析をしてみたり、何社か企業の面接を受けたりしましたが全く身が入らず、不安だけが大きくなって行きました。

 そんなときに助けになったのが「先輩の話を聞く」ことでした。OGOB訪問ではなくただ知り合いに連絡を取り、仕事やキャリアについての話を聞いて回りました。大企業から10人規模のベンチャー企業まで、外資や日系企業、公務員など、業界職種は全く絞りませんでした。「なぜ今の職場を選び、仕事にどういうのを求めているのか」という話を、ときにはお酒を交えながら聞きました。そのときに、国の機関や大企業に勤めている人と話しているときより、それ以外の人たちと話している時の方が自分がワクワクしていることに気づきました。仕事に対する考え方もベンチャーや中小企業に勤めている方のが自分に似ていて、話を聞いているうちに「大手よりベンチャーの色を持っている会社のほうが自分にあっている」ということがわかりました。そして、冬休みが終わる頃には「大手の採用試験は受けずに、留学をきちんと自分なりにやりきってから就活をしよう」と決めることができました。

 

帰国は6月末、7月から本格的に就職活動をスタート

 留学終了後、6月末に帰国して7月から本格的に就職活動をスタートさせました。冬休み期間に受けていた2社はどちらも落ちていたので、本当に持ち駒0からのスタートでした。

 ちょうど、一次募集枠が埋まり、企業が夏採用や2次募集を始める頃だったので、ほぼ毎日イベントや企業説明会に足を運びました。また、就活エージェントを利用して自分に合いそうな多くの企業をたくさん紹介してもらいました。

留学をする前と後では自己分析の結果が違った

 留学する前は、あまり自己分析がうまく行っていなく、ぼやけた感じだったのですが、留学に行ったことで自分の考えや人生の軸が明確化し、自己分析がかなり正確にできました。留学する前は、文系で新卒の募集が多い営業職を見ていたのですが、自己分析の結果、コンサルタントやシステムエンジニアなどの専門職が向いているということがわかりました。また、”韓国”というキーワードに自分はこだわる必要がないことが留学を通して気づけたので、業界を見る幅が広がりました。語学力より何より自分を理解できたという点で、一番留学が就活に役に立ったのではないかと私は思っています。

開始から1ヶ月で就活は終了

 昼はただひたすら説明会とバイトに行き、夜は自己分析と企業分析を行うという忙しい日々を過ごしました。結果、7月末には一部上場のIT会社から内定をいただき、無事就活を終わらせることができました。

 就活で一番重要視した点は、とにかく作業の効率を上げていった点です。夏は、企業側も早めに学生を集めて採用を終わらせたい時期なので、合いてる日があったら説明会や面接の日程を入れていました。

 また、私は行きたくない会社に就職することが無理なタイプの人間なので、説明会で違和感を感じたらすぐ選考を辞退することにしていました。行かない可能性の高い会社の選考にズルズルと時間を割くのはもったいないからです。早め早めに動かないといけない夏だからこそ、選考辞退の判断は素早く行いました。

 一番就職活動で役に立ったのは、就活エージェントのサービスです。就職活動の本質や面接をなぜやるのか、そもそも就職活動をなぜやるのかということを理解して就活を行えたことは、自分と合う企業を探す上でとても役にたちました。他にも、エントリーシートの書き方まとめや就職活動で気をつけることのチェックシート、アドバイザーとの相談など、細かな部分でもやはりプロの力を借りれたのが、いい会社に早い段階で会えた1つの理由だとおもいます。

 

要するに、全部自分の人生

 留学も、就活も大きな確率で自分の人生のターニングポイントになる選択です。韓国と日本は地理的に近いので、韓国と日本を行ったり来たりしながら就活をしていた留学生もいました。とても大変そうでしたがその子は新聞記者という夢を叶えるために、頑張っているようでした。

 私は、4年生で留学することを決め、留学後の自分を信じ、既存の就活のスケジュールに乗らないことにしました。ある意味、大きな賭けだったと思います。でも、帰国後、一生懸命に自分の選択を信じ、自分の選択を正しいものにするために努力をした結果、納得する進路を決めることができました。

 要するに、全て自分の人生で自分の選択次第なんだろうと思います。留学もしたい、いい会社に入りたい、でも卒業できるか心配、留年するかもしれない。やりたいことがたくさんある分、困難がたくさんあるのはごく自然なことです。私は、やりたいことを諦めるか諦めないかは、困難を乗り越える方法を探し出せるかということと、見つけ出した方法を実行する覚悟があるかということの2つによって変わってくると思っています。

 21年度卒から就活スケジュールが廃止され、就職活動も少しずつ変わってくると思います。就活の自由度が高まる分、困難を乗り越える方法も増えると思うので、諦めず、自分の納得する選択をしていってください。思いきり、わがままに自分のやりたいことをやりきってください。応援しています。

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留学生が知って得する”ソウル大学での勉強について”

 ソウル大学に留学することになった皆さん、ソウル大学での授業はどんな感じなのか気になりますよね。昨年1年間私がソウル大学で交換留学生としてどのような勉強生活を送ったのか、そしてソウル大学で利用するべき勉強サポートプログラムをこの記事でご紹介したいと思います。新学期が始まった時に、あまりの授業のレベルの高さに驚いてパニックになってしまわないように、この記事を読んで心構えをしておくことをオススメします。

 

 ソウル大学での勉強の厳しさ

 私は、交換留学生として昨年1年間ソウル大学に通いました。日本の大学で単位交換をする留学で、現地の大学生と同じ授業を聞くプログラムでした。韓国最難関大学とあって、優秀な学生とレベルの高い授業、課題の多さなど、正直勉強面ではかなりきつかったです。私は日本で日本文学創作学科に所属しており、どれだけ自分の個性を表現できるかという授業に慣れていたので余計にそう感じたのかもしれません。ソウル大学での生活は、3年半ぶりに受験勉強クラスに放り込まれたような、なんなら東大進学コースに放り込まれたような気分でした。

授業は1コマ3時間

 ソウル大学では、1コマが3時間の授業が多いです。先生によっては90分の授業を週2回する人もいます。3時間となるとかなり長丁場で後半は集中力が切れ、ノートのメモがだんだん雑になっていきました。先生もかなり大変だと思うのですが、ある先生は「1週間に2回も学校にくるのはめんどくさいから3時間の授業をする」と言っていました。

 

レポートも試験もある

 日本の大学では、テストかレポートどちらか1つが評価方法になっていて期末や中間は1つさえこなせばいいという授業がほとんどでした。しかし、ソウル大学では基本的に、テストとレポート2つとも行い、どちらも評価の対象になるので覚悟しておいてください。テスト期間は泣きながら勉強する羽目になります。

レベルが高すぎる教養科目

 日本の大学で教養科目というと1年生でも取れる簡単な授業で、課題も多くないというイメージです。しかし、ソウル大学は全く違います。教養科目と言えど、基本的な知識はあることが前提なので、日本での専攻が違う私はかなり苦労しました。私がとった国際政治の授業は、毎週専門の論文を3つずつ読まなければならなかったのですが「みなさんが読みやすい論文を選びました」と言いながら専門用語のオンパレードでした。留学当初は語学力不足に専門知識不足で、先生が授業中何をいっているのかさっぱり。また、論文を読んでくる課題に加え、1ヶ月に1回はレポート提出とプレゼン、中間と期末はまた別にある……という、日本のゼミレベルのことを教養科目の授業で要求されました。

 

暗記量が半端じゃない

 ソウル大学の授業ではかなり暗記を強要されます。韓国の教育スタイルの影響もあるでしょうが、授業で知識をつけることが重要視されます。政治の授業はもちろんのこと、文学の論述のテストで、小説本文の空欄補充問題がでたときはびっくりしました。 暗記重要型に分野は関係なく、暗記が得意じゃない私はとても苦労しました。

終わらない課題、遊べないソウル大学生

 ソウル大学生の課題は、そう簡単には終わりません。例としてある授業の1学期の課題の量を書き出してみました。

南北政治:論文30本を読む、レポート2400字4本、期末レポート6000字

韓国語:教科書200ページ予習、単語帳1冊暗記、韓国語に関する韓国語で書かれた本1冊読破、エッセイ2000字1本、レポート5000字1本

 課題が多い授業だとこんな感じです。留学当初、私はサークルに2つ入っていましたが、課題が多くて途中から1つのサークルに行けなくなってしましました。

 また、ソウル大学生は意識が高い人が多く、学校の勉強に加え資格の勉強をしたり、外国語の塾に通ったりする人が多いです。そのため、忙しくてなかなか個人的に遊ぼうとすると日程調整が難しいことがほとんどです。友達と遊ぶと言っても、勉強の合間を縫って校内で一緒にご飯を食べたりという具合でした。ソウル大学で友達をたくさん作って遊びたいなら、サークルに入ってサークル単位で遊ぶのが楽だと思います。

 テスト期間が近づいてくると試験勉強に忙しくてなかなか遊べなくなります。韓国の大学は日本の大学より学期期間が短い上に、ソウル大学ではかなりの勉強量を求められ、学期始めか中間と期末の間、ほんの1、2週間の間しか遊べませんでした。

 

 お酒を飲まないソウル大学生

 偶然かもしれませんが、私が知り合ったソウル大学生はほとんどがお酒を飲まない人たちでした。また、学校から帰ったら平日は毎日勉強しなけれおばならないので、友達と夜ご飯を食べても誰もお酒を飲みませんでした。また、学期始まりに学科の飲み会に一度参加しましたが、二次会に参加する人がとても少なくて驚きました。韓国の酒文化体験は、ソウル大学では諦めた方がいいです。

英語は理解できる前提の授業 

 ソウル大学の授業では、英語資料が当然のように出てきます。韓国政治、韓国史、韓国文化などの授業以外はよく出てくるようです。韓国語のプログラムで留学している方は頑張ってください。 

知って得するソウル大学の授業制度 

 当初は「たくさん授業をとるぞ!」と張り切っていた私も、授業のレベルの高さと課題の量に面くらい、履修をどうすればいいかとても悩みました。私は、留学した目的が勉強以外にもあったので、思い切って授業数を2個に減らすことにしました。とても少ないと思うかもしれませんが、私の大学からソウル大学に留学した人は、留学報告書によると、ほとんど1学期に授業を2つしかとっていませんでした。日本で先輩たちの報告書を見た時に「少なすぎ」と思ったのですが、実際に留学してみると2つがちょうどいいと実感しました。留学を楽しみながらも交換留学生が韓国語で課題をこなせるラインが授業数2のようです。

 

履修申請はネットカフェで

 韓国の大学の履修申請は、ライブチケット張りの早い者勝ちの世界です。申請開始時間は回線が混み合うので、私は回線の遅い家ではなくネットカフェで申請しました。私は全て希望通りに通りましたが、家で申請していた友達は争奪戦に敗北していました。後々、履修で悩みたくなければ、ネットカフェで履修申請することをオススメします。

中間テスト前まで履修の取り消しができる

 ソウル大学は難しい授業が多いので、なんと、中間テスト直前まで履修取り消し期間になっています。「履修登録期間に悩んで結局取ることにしたけど、中間テストの勉強をしてみたら単位を落としそうだ」という時に活用する制度のようです。韓国人の友達もバンバン授業削除をしてました。ソウル大学生の"いい成績"の裏には、"落としそうな授業を削除する"というカラクリがあると言っても、嘘ではないと思います(笑)。

 

聴講生制度

 「課題まで完璧にこなす自信がないけれど、色々な授業を聞いてみたい」という人には聴講生制度をオススメします。ネットで申請して担当の先生の許可を得れば、聴講生として授業を聞くことができます。聴講生として聞く授業は成績には反映されないので、頑張るのも頑張らないのも自由です。私は、韓国古代史の授業を聴講生として取っていました。(他の授業の課題に追われ、途中から行かなくなりましたが……)

留学生は録音推進!

  授業では、録音することを強くオススメします。私は、授業中は一生懸命ノートをとり、後でで録音を聞き直して、聞き取れなかった場所をまたメモするスタイルで勉強を進めていきました。その際、再生スピードを変えられるレコーダーだとより良いと思います。聞き取りが難しい場所は、ゆっくり再生して確認ができるからです。

 スマホでも録音できますが、私はあまりオススメしません。先生の解説に出てきた概念や事件などを授業中に検索するからです。録音と検索機能は分けていた方がいいなと色々模索して感じました。スマホで録音、ノートパソコンで検索しても良さそうです。

 

ソウル大学の外国人学生サポート

 ソウル大学は、留学生に対するサポートがかなり手厚い学校だと思います。私もかなり助けられました。その中のいくつかをご紹介します。

外国人作文プログラム

 外国人作文プログラムは外国人留学生に大学院生が韓国語のレポートや論文の書き方を指導してくれるプログラムです。1対1の個人指導で自分にあった指導を受けられます。このプログラムのおかげで私の韓国語の書く力がかなり向上しました。

ctl.snu.ac.kr

チュータリング制度

 ソウル大学基礎教育院が行なっているチュータリング制度です。これは、勉強に不安を感じている後輩の勉強を成績優秀な先輩が1対1で見てくれる学習補助プログラムです。韓国語を語学として教えてもらうこともできますし、専門授業についてアドバイスをもらうこともできます。私の場合、政治学の授業をとる際に韓国政治について知識が不足していたので、政治外交学部の先輩に授業でわからなかったところを毎回解説してもらいました。

gepeertutoring.snu.ac.kr

 

 

SNU Buddy

 SNU Buddyはソウル大学の留学生が数多く所属する国際交流サークルです。大学の支援を受けていて、留学事務所からのメールで入会を勧められます。4、5人の留学生に1人の韓国人学生がついて学校生活のサポートをしてくれたり、全体で集まって遊んだりします。留学したばかりで右も左もわからないときに頼れる韓国人の学生がいるのが心強いです。

www.snubuddy.com

優しい留学事務所

 余談ですが、大学の留学事務所の対応がとても良かったです。韓国では、外国人は外国人登録証の発行が義務付けられています。その手続きが少しめんどくさいのですが、事務手数料を払えばまとめて大学の事務所がやってくれるのでとても楽でした。他にも、困ったことがあるときは相談にのってくれるのでとても頼りになりました。 

 

まとめ

 ソウル大学には、勉強をしたい人にとって最高の環境が整っていると言っても過言ではありません。留学生へのサポートも充実していて、勉強に集中できます。反対に、留学を楽しみたいと思っている人にとっては少し物足りないかもしれません。自分が留学を通して何を得たいのかきちんと考えて、留学生活を送ることをオススメします。

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K-popオタクが最近の日韓関係について考えること

 私は現在歴5年のK-popオタク、略してKぽオタである。宇宙級アイドルグループEXOからK-popの世界に足を踏み入れ、防弾少年団時代のBTSを見守り、20代になってからSEVENTEENを推し始めた。彼氏ができたら少しは冷めるかと思いきや、彼氏の陸軍入隊と同時にオタ熱がぶり返し、最近はまた新しいアイドルを発掘する日々を送っている。

 Kぽオタだとまわりに公言していると、時々日韓関係について意見を求めてくる人がいる。そして、ごくたまに日韓関係の悪化を私の代わりに心配してくれる人がいる。しかし、私は毎回返しに困ってしまう。彼らの言葉の端々にKぽオタに対する偏見を感じ、かつ私の答えが彼らが期待している答えではないというもどかしさにイライラするからだ。

 当然ながら、Kぽオタの多くは日韓関係について興味はない。自分のオタ活に支障がなければ日韓関係が悪化しようしまいと全く関係ないのだ。日本のテイラー・スイフトのファンが日米関係について詳しいわけではないように、日本のK-popオタクも韓国政治に関する知識はほぼゼロだと言っていい。

 私は「もっと推したちのことを知りたい」という底なしの好奇心によって韓国社会について一通り学びはしたが、基本的なスタンスはよくいるKぽオタと一緒である。徴用工問題よりも最近推しが働きすぎなのが気になるし、韓国のホワイト国除外よりも推しが音楽ランキング1位候補圏外なのが悲しい。韓国政府のGSOMIA破棄は正直どうでもよく、推しの事務所との契約破棄こそが、私の人生を揺るがす一大事なのである。

 悲しいが、私の5年という短くないKぽ人生の中で、日韓関係が良いと言われたことは一度もなかった。ニュースで日韓関係は常に”最悪”と言われ、毎年その”最悪”を更新し続けた。しかし、そんな中でも、私のオタク生活は常に最高であった。日本にいながら毎日ネットで推しの動画が見れ、日本にいながら推しのCDをボタン1つで買える。東京ドームの2days公演に参戦でき、2時間半という速さで国内旅行より安くソウルに行けるのである。

 ソウルで過ごす日々は、それはもう楽しさでしかない。推しの広告を街中で見るたびにテンションが上がり、地下鉄の駅で推しの誕生日広告を見るとファンとしてとても誇らしくなった。テレビをつけると課金なしで推しが出ている番組が見れることに感動し、聞き取れないドラマを一生懸命見たりした。年々上がる韓国語の実力のおかげで、楽しさは毎年”過去最高”を更新してきたのだ。

 しかし、あれだけ無関係だった日韓関係悪化が最近私のオタ活に陰を差し始めた。

 一番のきっかけは、日本人旅行客を韓国人男性が暴行したという事件だったと思う。事件以前は、テレビに出ているコメンテーターたちの批判はまだ韓国政府で止まっていた。しかし、あの事件をきっかけに日本のメディアの中で韓国人に対する差別発言が黙認されるようになったのだ。事件とほぼ同じタイミングで起こった韓国での日本人男性の性犯罪は一切取り上げられず、何回も日本人女性が韓国人男性に手荒く扱われる映像が地上波のテレビで流れた。視聴者の恐怖心を煽り、日本人女性暴行事件の本質が女性差別であるにもかかわらず、日本のワイドショーではあたかも反日感情が原因であるかのように報道した。一度、外れてしまった嫌韓へのブレーキはなかなかもとには戻らないようで、今も日本のメディアは、似たような疑惑のある日本の政治家にはノータッチなのに日本国民には一切関係のない韓国の政治家のスキャンダルを一生懸命に特集している。有名人による韓国人へのあからさまな差別発言は、テレビの中で笑ってごまかされるだけになってしまった。

 そして先日、ついに私が恐れている事態が起きた。例年ソウル、香港、日本の3拠点行われてきたK-popの祭典&授賞式MAMAが、デモと日韓関係の悪化を受けて香港と日本での開催を保留しているというのだ。安全面と韓国国内の世論を意識してというのが一番の理由だそうだが、保留決定から1ヶ月半が経ち、開催が3ヶ月後に迫った今でも開催地が決定していないのは日韓関係が一切回復の兆しを見せないことも影響しているだろう。毎年行っている年末の一大イベントに行けない可能性がとても高くなり、今年はどういうやって年を越せば良いのかよく分からなくなった。昨年はBTS、IZ*ONE、TWICEなど錚錚たる顔ぶれが日本で観れただけに、開催が保留された失望も大きい。

 このまま日韓関係悪化や日本の嫌韓の雰囲気が高まっていくと、推しの日本での活動が減っていく可能性が十分に考えられる。活動自体が減らなくても日本に行くことに推しがためらいを感じたり、せっかく日本に推しが来てくれたのに日本を覆う嫌韓の雰囲気のせいで、推しが日本で差別を受け、日本を嫌いになるかもしれない。馬鹿げた嫌韓報道のせいで嫌韓おじさんたちが活気付き、私たちと推しが会う機会が奪われてしまうことだけはどうしても避けなければならない。私は最近、本当に危機感を覚えている。

 じゃあ、どうすればいいのか。

 積極的な方法はいくらでもある。嫌韓報道をしているテレビ局に差別発言は撤回してもらうように電話を入れたり、K-popファンであろうとなかろうと友人が韓国人に対する差別的な発言をした時に「それ、差別だよ」と言ってあげたりする。韓国旅行に行ったり、SNSで自分が韓国で優しくされた経験を発信したりする。 

 そこまで勇気が出ない人ができる方法として、実は「選挙に行く」というのがある。選挙に行くことは一番簡単で効果的な方法だ。住民票を現住所に移していれば、自分の家に自動的に選挙のお知らせが届くし、期日前投票を利用すれば期間内にいつでも自分の好きな時に投票することができる。

 ただしその時に一番重要なのは、日韓関係を良くする政党に投票するということだ。与党自民党は最近日韓関係を急激に悪化させているし、日本維新の会は韓国に対する差別的発言を繰り返す議員が多い政党である。それらに投票してしまうと日韓関係悪化に賛成することになってしまう。逆に、立憲民主党や共産党は対韓国外交を悪化させる自民党を批判している。立憲民主党や共産党に投票すれば日韓関係を改善に向かわせることに賛成していることになるのだ。

 選挙は多い方に入れた方が勝ちというゲームではない。「私はこれがいい」と意思表示をする方法である。もちろん政党が掲げている政策は日韓外交だけではないが、自分が一番重要だと思う問題にポイントを絞って政党を選ぶのも正しい選択の仕方である。大切なのは投票をすること、とにかく投票することだ。

 あなたがKぽオタであるならば、自分たちの一票の重さをよくわかっているはずだ。ささやかながら毎日1人で、もしくは友達に頼んで何票か投票したおかげで好きなグループが1位になったり、推しがデビューしたりする。一人一人の「この人が好き」という一票が集まればどれだけの力になるのか、私たちはいつも見てきたはずだ。

  私は、これからもKぽオタクでありつづける。いくら日韓関係が悪くなろうと、私は推しに会いにソウルに行くし、韓国でたくさんの愛をもらって帰ってくる。韓国で出会ったいい人をたくさん知っているから、悪い人が少しいたとしても韓国に行くその足を止めようとはしない。そして、推しと私のつながりを断ち切ろうとする政治家にはきちんと選挙で「NO」を伝えていく。

 

 「この時期、韓国に行くの怖くない?」と人は言う。

 

私は、韓国に行けなくなるのが、一番怖い。

韓国軍人の彼氏と面会する方法

 今回は、韓国陸軍での面会方法について紹介したいと思います。私も、初面会の時は、どういう手順をふみ、何を持って行けばいいか全く分からず、心臓ばくばくでした。インターネットで面会方法を調べても、なかなか最新の情報が出てこないので焦ったのを覚えています。日韓カップル急増中の今、兵役を控えた彼氏を持つ日本人彼女としては「面会」は大きな不安要素でしょう。そこで、少しでも参考になればと「私の彼氏の部隊の面会方法」をまとめておきます。空軍、海軍は少し勝手が違うかもしれませんし、特殊部隊などとなるとまた違う手続きを踏まなければいけないかもしれません。しかし、私の彼氏は一番申請者が多い「韓国陸軍の一般兵」なので、注意事項などは参考になるかと思います。

行く前の準備編

 行き方と帰り方を確認

 まず、面会に行く際に一番重要なのが、「部隊までどうやって行くのか」です。都市部に部隊があればラッキーですが、田舎にあることがほとんどです。私の彼の場合は、北朝鮮との国境近くの部隊(多くの陸軍一般兵が勤務)で、超超超超田舎にあります。電車の最寄駅から車で20分の距離にあり、毎回タクシー代を忘れずに用意しています。また、部隊は軍事施設で正確な住所は教えられないということなので、部隊近くの目印となる場所とそこからの行き方を彼氏に聞いておきましょう。

 行きは最寄り駅からタクシーに乗ればいいのですが、帰る時のタクシーが問題です。日本と同じで、韓国の田舎でタクシーを捕まえるのは相当難しいです。そんな時に使えるアプリが「カカオタクシー」です。多くの韓国タクシーがこのアプリを使っているので、韓国では一番基本的な配車手配の方法です。あらかじめアプリをダウンロードして使い方を確認しておきましょう。カカオタクシーは日本語版もあります。

 持って行くものを確認

 面会時に絶対必要なのが英語か韓国語で書かれている身分証です。パスポートを持っていけば心配ありません。また、留学ビザや居住ビザなどで渡韓している場合は、外国人登録証でもOKです。

 他にも、プレゼントや彼氏への差し入れを準備していくと良いでしょう。面会室では持ち込んだ食べ物を食べることができますが、近くに食堂がないことが多いので配達してもらえない場合があります。食べ物も部隊に行く途中に買っていくのをオススメします。

師団の名前と階級、入隊日をメモしておく

 面会の時、必要になるのが彼氏の師団名と階級です。「〇〇団 △△兵 キム・□□」というものです。彼氏に聞けば教えてくれます。特に、階級は昇給し、時期によって変わるので気をつけましょう。私は過去一度、彼氏が昇給したことを忘れて受付の人に間違えた階級を伝えてしまったことがあります。そのために、データベースと私の伝えた情報が合わず長く待たされたことがありましたが、彼の入隊日を覚えていたのでなんとかなりました。もしものために入隊日も覚えていると良いでしょう。韓国人の場合、同姓同名も多いので正確な情報を受付で伝えられるようにしておいてください。韓国語の発音が難しければ、彼氏に韓国語でメモしてもらい、メモを受付の方に見せれば大丈夫でしょう。

 

面会当日編

部隊に着いたら

 お土産も買い、無事に部隊に到着しました。門に近づくと門を守っている軍人さんが入り口を開けてくれます。銃を持っていますが、怖がらなくてよいです。こちらがおかしな行動をしない限り銃を向けられることはないです。

 門に入る前に来た目的を聞かれるので、「ミョネ(면회、韓国語で面会)」と伝えてください。最悪単語でも通じると思うので、「ミョネ」だけは覚えていくと良いでしょう。

 受付へ通されるので、コンピューターの前に座っている人にまた、面会で来たことを伝えてください。その際に身分証を提出するように言われるので、準備をしていくと良いでしょう。身分証と引き換えに首から下げる面会証(バッチのようなもの)をもらいます。提出した身分証は面会証を返還する時に返してもらえるので心配する必要はありません。

 面会証をつけたら面会室に通されるので、そこで静かに待ちましょう。面会室は冷暖房完備、机、椅子、電子レンジ、給湯器、冷水機、トイレが備え付けてあります。面会室では、隊員と家族や友人たちが思い思いに時間を過ごしています。時々、隊員たちが出前を頼んで談笑していることもあります。日本で味わえない異空間を楽しんでください。待っている間に、受付の人がデータベースから彼氏の部隊に連絡し、彼氏を呼びたしてくれます。彼氏が来るまで長い時は20分から30分ほど待ちました。

 写真撮影は絶対禁止

 面会者が韓国人だろうが外国人だろうが、部隊内で写真を撮ることは禁止です。たとえそれが食べ物の写真であろうと、自撮りであろうと禁止です。また、門を外から撮影することも禁止です。写真を撮るところを発見されたら、即刻注意されて消すように言われます。私も最初、軍事施設がとても不思議で写真を取ろうとしたら真っ先に注意されました。 

ゴミは持ち帰り

 面会所には、大きなゴミ箱がありませんでした。冷水機の紙コップを捨てる小さいゴミ箱しかないので、持ち込んだゴミは全て持ち帰りとなります。差し入れとしてピザを持って行く時は、覚悟しましょう。

3時間ほど外出できる

 面会をすると、希望すれが3時間ほど彼氏と一緒に外出できます。私は、毎回タクシーを呼んで駅前まで行き、カフェやゲームセンターで遊びます。隊員が門を出てから門をくぐるまでが3時間なのでそれほど長い時間ではありません。制限時間に遅れないように注意してください。もし、遅れた場合、罰を受けるのは彼氏です。

軍人と一緒なら部隊の中を散歩できる

 軍人と一緒なら部隊の中に入ることができます。もちろん限られた範囲でです。部隊の中には旧型の戦車が展示されてあったり、キリスト教徒や仏教徒のためにお寺や教会があったりしました。他にはフットサル場やカフェもありました。意外と設備が整っていたので驚きましたね。ちなみに部隊内は女性トイレがほとんどないので、気をつけてください。

 

軍隊のコンビニ「PX」

 そして、軍人と一緒であれば軍隊のコンビニ「PX」に入ることができます。彼氏に頼んで連れてってもらいましょう。一般人も購入することができます。PXは軍人の生活用品を売る場所なので、利益を出すことを目的としていません。多くの商品が一般の価格より安く売られています。化粧品に関しては本当に安くて、種類はあまり多くはありませんが、化粧水や保湿パックが市場の5分の1の価格でした。一般人用に高麗人参やお酒も売っています。軍隊のTシャツも売っているのでお土産代わりに買っていっても面白いと思います。

帰る時編

面会証を返却するのを忘れずに

 帰る時は、面会証を返却し、身分証を返してもらうことを忘れないでください。面会時間に制限はありませんが、夕食の時間までには帰った方がよいと私は思います。私はいつも12時くらいに部隊につき、テイクアウトしたものを面会所で一緒に食べ、13時から15時まで外出して、16時くらいに帰っていました。

 

まとめ

 私も、初めての時はとても緊張しましたが、受付の方もとても優しかったのでそれほど心配しなくて大丈夫です。部隊内では軍人と一緒に行動し、部隊での指示に違反しなければ注意されることもありません。

 一番の問題は、帰りのタクシーが捕まるかどうかでした。日本語バージョンのカカオトークだと、現在地設定が運転手の受信アプリの方で英語表記となるので嫌厭する方もいるそうです。そういう時は、部隊近くの場所を韓国語で検索して、現在地をその場所に設定すると受信設定も韓国語になります。なかなか田舎でタクシーが捕まらない時は試してみてください。

 

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新聞掲載のお知らせ

 本日、8/15のソウル新聞に私のインタビュー記事が掲載されました。 光復節に合わせて、みん会などの活動や日韓関係について話させていただきました。ご一読頂ければ幸いです。

m.seoul.co.kr